ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【10】

ー大江戸学園:ツリー直通エレベーター前広場ー

駆けだすおれ。だが、次の瞬間足を止める。その約1秒で息を吸った。肺いっぱい、腹いっぱいに空気を取り込んで口が閉じ切らないうちに、再び走り出す。ここまで約2秒。エレベーターの扉まではまだまだ遠い……。

思っていた以上に死の面に押し飛ばされていたらしい。吉音達は既に扉を開いておれが来るのを待っていてくれているが……おれの視界に入ってくる他の刺客。

どうあっても、おれの邪魔をしたいらしい。比較的、一番近場に居た髑髏柄のフードを被っている奴がゆらりとおれの進路上に仁王立った。ただし、立っているだけ。構えも取らず、飛びかかって来る様子もないのだが……放たれてる殺気は死の面に引けをとらないほどのあふれ出ていた。

だが、進むしかない。おれはスピードを落とさい、むしろ更にギアをあげて踏みだした。

その時だった。髑髏フードの側に一匹の虫。飛蝗(バッタ)が羽ばたいて居たのが見えたのは……。そして、髑髏フードに近づいていけば、行くほど二つ、三つ、四つ…と細切れになっていくのがコマ送りのように見えた。

これはヤバい。子ののまま進むと自分の身体が細切れになる……そんな、直感が脳に走ったが身体の反応は遅い。

「このっボケッ!!」

罵声と共に右側面に衝撃が走った。寅だ。おれを抱き締めるように突き飛ばして髑髏フードの対面からようやく離れられた。

本来、おれが居た位置では何かが爆ぜた気がする。あの空気が圧縮して裂けたような音。神姫が放つ蒼龍剄に似ていた。

おれの身体は浮いたまま視界に映る絵だけが変わっていく。寅に担がれて進んでいるのだ。自分は動けないが映像は動きつづける。髑髏フードは何も言わないが、動きに途轍もない怒りを感じた。奴はおれと寅を狙って追いかけてきている。

だが、それもすぐに停止した。髑髏フードを挟み薙ぎ倒すように顔面と腹部めがけ二本の足が襲撃したのだ。普通ならば直撃まったなしの完璧な奇襲。だが、奴はその蹴りを受け止めたのだ。

「シカトこいて」
「いってんじゃ」

「「ねーぞボケッ!」」

死の面を止めたのは風鬼(ふうじん)と雷鬼(らいじん)。死の面の蒼龍域(しゃていない)に突貫して得意のコンビネーションで死の面を完全に捉えた。

その間にも新しい厄介が寄ってくる。

次に目に入ったのは水玉のフードだ。そしてそれ以上に気になったのは魁人だ。あれほどの男が地に伏せている。考えたくはないがこの水玉フードにやられたというのか……。

水玉フードはバッと後ろに振り返ると、そのままこっちに向かって来ていた。髑髏フードの動きも不気味だったが、それ以上にこっちの奴はもっと不気味だった。なにせ後ろを向いたまま正確にこっちに向かって来ているのだから。これが夜中ならホラーだ。

おれは抱き抱えてる男にいった。

「寅、どうする!」

「エレベーターまでは目と鼻だ。最悪てめーを投げ飛ばす」

本当に荷物扱いか……。寅は猛進する獣だ。そのまま水玉フードを弾き飛ばす勢いで駆ける。すると、どうだろうか……ポコっポコポコっと妙な音が聞こえた。

音の元は下の方からだ。視線を下げてみると水玉フードの足元には水たまりができている。そして沸騰しはじめたようにポコポコと泡立っていた。

しかし、どうやら、沸騰している訳ではない。粘り気があるように見える。そして、突如その気泡が宙に浮いたのだ。泡玉、シャボン玉、ができて浮かびだした。ひとつやふたつではない。相当数の大きめのシャボン玉が浮かんでいる。

寅も気になったらしい、得体のしれない泡に触れるのは危険だと……。だが、行く手にはドンドンとシャボン玉の防壁ができ始めている。

「まったく……めんどくさいわね。」

そんな言葉を聞いた気がした。そして、眩い閃光と爆音と熱風。爆発したのだ。もちろん、シャボン玉ではない。この火薬の匂いは久秀のアレだ。

エレベーターの前まで次々と爆発が連続で起っている。

「さっさと行きなさい。しかたないから、久秀がその泡と遊んであげる」

爆音のなかで久秀の声が聞こえた。姿は見えないがどうやらあの水玉フードの相手をしてくれているらしい。おれと寅は頷き合うとチリチリと身体を焦がしながらエレベーターに飛び込んだ。
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