ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【10】

ー大江戸学園:ツリー直通エレベーター前広場ー

十兵衛「まずそなたが履きし剣を捨てよ!」

剣の柄に手をかけたおれを師匠の声が制した。

悠「え、剣を?」

十兵衛「この稽古、戦いではない。私に合わせよ。お主がこの剣にふさわしければ自ずとその身は動く」

師匠は剣を掴んでおれの前に突き出した。その剣は見慣れた師匠の剣ではなかった。

あれが将軍の剣か。

悠「分かりました」

おれはうなずき、師匠の言葉に従って剣を地へと置いた。そして徒手空拳で師匠に向かう。

十兵衛「行くぞ!」

悠「はい!」

それは一振りの刀を用いた奇妙な稽古だった。漠然と白刃取りの稽古でもするのだと思っていた。

しかし師匠が始めた稽古はまるで想像していたものとは違っていた。

師匠は剣を鞘から抜く事さえしなかった。

ゆっくりとした動きで剣を扱う師匠。おれは言われるがままにその動きをまねる。

試合というよりもそれは剣を使った舞だった。

バレエでもないしダンスでもない。あえて言うなら日本舞踊のような静と動の厳かな身の流れ。

もちろんおれに舞踏の経験はない。

けれど見よう見まねで師匠の動きに合わせているうちに、自然に身体が動きだすのを感じていた。

そしてさらにひとつひとつの舞の意味が分かりだした。

これは舞の形をとりつつも、これまでおれが師匠に受けた教えがすべて集約されているのだ。

十兵衛「柳宮口伝、復せ」

悠「応」

十兵衛「柳宮口伝に曰く、戦えば必ず勝つ」

悠「柳宮口伝曰く、戦えば必ず勝つ」

十兵衛「人としての情けを断ち、神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬る、然る後、初めて極意を得ん」

悠「人としての情けを断ち、神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬る、然る後、初めて極意を得ん」

十兵衛「斯くの如くにあれば、行く手を阻む者、悪鬼羅刹の化身なりとも、あに遅れを取らんや」

悠「斯くの如くにあれば、行く手を阻む者、悪鬼羅刹の化身なりとも、あに遅れを取らんや」

十兵衛「人もまた獣のひとつと知れッ!」

悠「応ッ!」

剣舞を行いながら、おれ達は柳生の口伝を唱和した。

剣舞のクライマックスがやってくる。教えられたわけではないが、分かるのだ。

これまでひとつに合わせていた動きが二つに別れる。剣を橋渡しに向かい合う、師匠とおれ。

師匠が剣の鞘を握り、おれが剣の柄を握る。

師匠の熱い思いが剣を通じて流れ込んでくる。

十兵衛「この剣、抜けるか、悠!」

悠「抜いて見せます!おおおおっっ!!」

おれ達は咆哮と共に柄を引く。

鞘と柄の隙間からまぶしい光が漏れだす。

十兵衛「おぉっ!」

そしてスラリと驚くほど軽く刃は鞘を滑り出してくる。白刃がぎらりと光る。

悠「ぬ、抜けたっ!」

しかし次の刹那、師匠が動きを合わせ再び鞘へと刃を収める。

それが剣舞の終わりだった。

十兵衛「見事だ、悠!」

悠「はい!」

十兵衛「小鳥遊悠!これをもって柳宮新陰流免許皆伝とする!」

悠「はい!」

おれは深々と頭を下げた。

吉音「悠!やったぁ!」

十兵衛「免許皆伝の証としてこの件を授ける!この刃抜くとき、必ず剣はお前を助けるだろう」

悠「頂戴いたします!」

十兵衛「悠。お前は私の最強の弟子だ!」

悠「ありがとうございます!」

魁人「……いいですねぇ。ただ、伊万里」

伊万里「……ぐずっ、なんだっ…」

魁人「いや、泣くのやめなさいよ…。」

伊万里「泣いっでねぇ!」

久秀「このひと、気持ち悪いわね。」

魁人「申し訳ない、熱いとすぐこうなってしまって……」

悠「あのさ、台無しだからやめてくんないかな?」
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