ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【10】

ー大江戸学園:かなうの養生所ー

しかし辿りついた養生所でおれたちは、また驚きの声をあげることになった……

なんと養生所にはあの由比雪那が保護されていた。

どんな病人、けが人でもわけ隔てなく見るという養生所の理念は理解していたつもりだが、学園中を混乱させた大事件の主犯が寝ているのにはさすがに目を疑った。

特に朱金など養生所中に響き渡る大声をあげてかなうさんから小言を喰らっていた。

養生所にはかなうさんの他に鬼島さんと文、それに疾風迅雷コンビもいた。

話によると大江戸城地下の牢獄に監禁されていた由比を、鬼島さんたち四人が救いだしたというのだ。

牢獄での扱いが相当ひどかったらしく、由比さんは衰弱が激しく鬼島さんたちが養生所に運び込んで今に至るらしい。

かなう「雪那の乱は「大御所」によって書かれた大きな陰謀劇の一幕にすぎん。そして雪那自身もその中のひとつの役をあてがわれていただけってことだ」

かなうさんの口から語られた由比さんの言葉は、おれ達の雪那の乱への認識すら覆すさらに驚くものだった。

朱金「ちょっと待ってくれ、先生。その大御所ってのは何者なんだ?」

かなうさんに詰め寄る朱金。

かなう「それは雪那のヤツも知らんというのだ」

朱金「何だよ、ソレ!黒幕の正体が分からなきゃ殴りに行けねぇじゃないか」

かなう「そうは言われてもな」

困り顔のかなうさん。しかし朱金の疑問はこの場全ての疑問なのも確かだ。

越後屋「そやけど大体方角の見当くらいはついたんやないです?」

目を閉じて黙って話を聞いていた越後屋がふと顔をあげて一同の顔を見まわす。

真留「そうですね、最近の騒動の中で一番得をしたのは誰か?」

はじめ「執行部」

頭の回転の速いふたりがすぐに反応する。

悠「執行部……?」

おれの中で何かが引っかかった。

越後屋「……の中でも特にひとり、えろう立場が有利になったひとがいてはりますわなぁ」

吉音「詠美ちゃんはそんなことをする子じゃない!」

越後屋「でもな、徳田さん……」

吉音「違う、違うっ!そんなわけないっ!」

吉音ですら越後屋の言葉の指す人物は伝わったようだった。

吉音は頑なに受け入れようとはしなかったが越後屋の言う通り徳河さんの有利は確かだ……。

何となく気まずい空気がその場に流れる。

寅「……何か言いたそうな顔だな。悠」

悠「え、あー……身内としてこいつの肩を持つわけじゃないんだけど。詠美が黒幕ってのはないと思う。」

雷太郎「根拠は?」

悠「詠美が将軍になるのにこんな大掛かりな事をする必要はない。だってライバルのコイツに将軍になる気がないんだから」

朱金「確かに詠美の性格からしてこんな回りくどいことはしない気がするな。」

吉音「だよっ!」

悠「ただ、越後屋のいうことも見当外れってわけじゃない。詠美が将軍になることで得をする人物がいるはずなんだ。今日のことで自由を求める生徒たちの反執行部の声はもう一度大きくなる。吉音の元にはまたさらに生徒たちが集まる。すると詠美を将軍にしたがっている黒幕が必ず動く。」

朱金「けどまだ執行部には結構力が残ってるぜ?いいたかないが平良の火盗改めの部隊が無傷で残っているのは怖いぞ」

かなう「執行部がまた兵力を集めてこちらを鎮圧するような動きになったら、雪那の乱の繰り返しにならないか?」

悠「おれはそれはないと思う」

風太郎「どうして?」

悠「詠美の性格からして吉音との決着をつけるのを最優先に考えるはずだ。詠美はこいつに大江戸城に来いといった。つまり彼女は吉音が来るまで動かない」

吉音「……うん」

桃子「確証はあるのか?」

悠「何もない。でも間違いないと思う。そうだろ?」

おれは傍らの吉音の顔を見た。

吉音「うん。詠美ちゃんは待ってる。あたし、大江戸城にいかなくちゃ……」

吉音はゆっくり大きく頷いた。

その視線はここから見えないはずの大江戸城を確かに見つめていた。
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