ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【9】

ー大江戸学園:小道ー

互いの距離は数メートル。一歩踏み込めば拳は届く……。それにしても空気が重い。

『……』

死の面はまるで人形のように構えたまま動かない。焦らし上手なヤツだ……。

しかたない、おれは先に動いた。ド真ん前から踏み込んで拳を打つ。斜め上へと真っ直ぐに腕を伸ばしてヤツの顎を狙ったが……感触が無い。

外れた。奴は上半身を後ろに反っておれの拳を避けている。見た目以上に早い。というか……布で顔を覆っているのに見えているのかコイツ。

「なろっ!」

拳を引きもどしながら、腰を切って左足でミドルキックを放った。しかし、奴はガグッと地面すれすれまで身をかがめ避けた。同時におれの軸足を蹴り飛ばした。

『……』

「うわっ?!」

おれは見事に尻もちを着く形で地面に倒される。やつの追撃は止まらない大きく足を振り上げ、落下させてくる。直撃なんてもらえばただじゃ済まない。転がるようにして奴から距離を取る。

『……』

ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、避ける先避ける先、おれを踏み潰そうとやつはストピングを繰り返してくる。

「くっ、くそっ!」

前にもこんなことがあった気がする。それに転がるたびに刀が身体に食い込んで痛い……。あ、刀!

大きく転がって腰の刀を振り抜いた。ガツンっと重い衝撃が落ちてくる。

「ぐっ……」

『……』

スタンピングをなんとか防いだものの、容赦なく足に力を込めて刀諸共踏み潰そうとしてくる。弾き返したくても地に伏せている状態じゃ力が入らない。

『……』

不意に圧が引いた瞬間、横腹に鈍痛が走り嫌な浮遊感。蹴り飛ばされたのだ。大きく一度、細かく二度、三度と地面を転がるおれ。

「げぼっ、くっそ……!」

距離が空いたおかげで何とか立ち上がれたが、スピードだけでなく脚力も相当なものだ。寝転がってたとは言え横合いからの蹴りだけで吹き飛ばされた。こいつは……本当に油断できない。

『ケヒケヒヒ……』

「笑ってんのかソレ…?」

『……』

笑い声とも呼吸音ともとれるかすれ音に対し質問してみるも、言葉を交わす気は無いらしい。

「すっ……はっ!」

『……』

一呼吸おいておれは再び前に出た。再度同じように拳を打つ。奴も同様に上半身を軽く傾けて避けようとした。

「甘いッ!」

避けられた右拳を引かず、おれはさらにもう一歩踏みつつ肘を曲げて奴の胸へと叩きつけた。

見た目通り肉は薄くゴギッと骨を砕く嫌な手応えを感じる。

『……』

「がっ?!」

確実に肋骨か胸骨をへし折ったはずなのに……やつは怯むことなくおれの首に手を伸ばしてきやがった。長い袖に隠れていたその手はまるで死人のように青白く冷たい。ミチミチッと音を立てておれの首につま先が突き刺さっていく。

「あ゛……っが……!!」

おかしい、蹴りで吹き飛ばされるのはまだ分かる。だけど、腕一本でおれの身体を吊り上げている。

『けひっ……死……ねっ……!』

絞め殺そうとしているのか、爪で頸動脈を貫こうとしているのか……どちらにしろ、おれを 殺そうとしているのは分かる。

「ぐっ……あっ……な、めんっっなっ!!」

おれは肉を抉られる覚悟で背後に倒れた。いくら奴でも勢いをつけて振り切ったら支えきれなくなったらしいがようやく首から手が離れた。おれは倒れながら片腕で体を支え、逆立ちの状態で顔面に蹴りを放った。

首の肉を持っていかれたが奴は大きく吹き飛び地面に落下した。

「ゲホっ……陸奥圓明流孤月。効いただろボケっ!」
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