ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【9】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

輝の瓦版発行が差し止めになり、光姫さんたちが公金横領と断じられ、食料は配給制に……。

詠美の言っていたように、学園の権力はどんどん執行部へと集中して言っている。

事実上生活の多くを管理され、暴動を起こそうにも起こせない状況作りが着々と進んでいる。これが詠美の目指した効率の良い方法、なのか……。

ピリリリ!

前にもこんなことを考えているときに、こんなタイミングで呼び出しをかけられたことがあった。

着信の相手は、徳河詠美だ。





ー大江戸学園:空き家ー

詠美「待っていたわ、悠」

詠美は、以前と同じ空き家の中でひとり佇んでいた。

周囲に人影は無く、明りすら遠くに霞むほどのこの場所に。

悠「……」

詠美「どう?私のやり方で、表だった不満は無くなったわよ。あなたも正しく効果があったと認めるでしょ?」

そうしておれに確認を、同意を求めてくるのか。

悠「不満は表に出せなくなっだけだ。無くなったのと出せないのは違う。押さえつけられた蓋の下では、煮えて湧きかえってるよ。」

詠美「仮にそうだとしても、決して出てこない物は存在しないのも同じだわ」

悠「いいや、鍋の蓋だって火をつけたままじゃいつかは吹きこぼれる。なにより他へ道が見つかったとき、それは何倍にも膨れ上がって爆発する事になる。」

詠美「執行部への、私への支持は大きくなってきているわ。これはどう見るの?」

悠「ついさっき自分でいっただろ。マイナスが表に見えないだけだ。プラスしか見ないのは統計じゃなくて自己満足だ」

そう答えると、詠美の眉間に深くしわが刻まれた。

詠美「どうしてわからないの……。一刻も早く学園を立て直すには、こうするしかないの。これが正しいのよ」

悠「……じゃあどうして、そんなに急がなきゃならない?」

詠美「それは、早い方が良いに決まっているから……」

悠「詠美にはもともと十分な支持があったし、家名だってある。詠美がまえに出て、まっとうな活動をするだけで、学園は向上していったんじゃないのか?」

酉居を始めとする、名門連中への反感は強い。

でも皮肉なことに、最高峰の詠美は、それがほとんどなかった。理由はもちろん人柄が尊敬されていたからで……なのにどうしてそれを自ら捨てようとするんだろう。

詠美「私は、そんな形の見えないものにすがるほど甘い考え方はしないわ。誰の目にもわかりやすい、絶対的な方法が必要なのよ」

酉居と同じような、上から力で抑えつけ、徹底した管理をする方法……。

悠「おれにはそれが裏目に出てる気がしてならないな。人の想いを無下にする人間をいつまでも支持は出来ない。きっとまた立ち上がる奴は出てくるぞ」

詠美「……あなたも?」

悠「否定はしない。おれはおれが共感できる好きなヤツにしか手は貸さないけどな」

詠美「それも仕方がない、というしかないのね。私の主張の仕方では」

詠美は、自分が正しいと繰り返している。

でもおれの目には、それで苦しんでいるようにしか見えない。苦しいから、自分に言い聞かせてるように。

悠「詠美。自分がそんなに苦しまなきゃならないことが、本当に正しいことなのか?」

詠美「正しさは、そこになんの関係もない」

悠「やっぱり、病気の事を知ったからか」

詠美「…………」

初めて詠美が口を噤んだ。

詠美の様子が変わったのは、正確には由比を倒した時からじゃない。その前に一度倒れたとき……あのときからだ。

悠「自分でも無理だと思うことを強引に押し通すのは、それが原因なんだな」

本音を隠すために、あえて別の弱い部分を見せる。頭のいい詠美は、そういうことを計算する人だ。

詠美「……」

悠「以前言ったことは本当なんだ。普通に生活している分にはなんの問題もない。むしろ激務に身を置くほうが身体に負担をかけるんだぞ」

詠美「悠。あなたは私をなんだと思っているの?」

悠「あ?」

詠美「私はあなたたちが思うような聖人君子ではないわ。怠けることも、挫折することもある。病気だからということを理由に自分を抑えていては、きっと私は何も出来ずに終わる。それに身体のことでなんて同情も買いたくないの。私は私の力でやらなければならないのよ」

悠「……てめぇの身体も労われない人間ができることなんて底が知れてる。機を見て、他人を使うことができてこその上に立つものの才能の一つじゃないのか」

詠美「私がしなければならないのは、そんなことじゃない」

しなければならないこと……。

徳河の名を背負い、責任感も強い詠美が、学園をよくしたいと考えるのは分かる。でもそれ以外にもなにか、目的があるってことなんだろうか?
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