ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【9】

ー北町奉行所施設ー

悠「そういえば虫返して悪いけど、吉音は火が苦手だったんだな。なにか理由でもあるのか?」

吉音「うん……昔あたしの家が火事になって……」

悠「家事……」

徳河の家が火事か。それなりに大きなニュースになったんだろうな。

吉音「周りが赤くて、眩しくて、熱くて……その中で火の鳥か、大きな狐みたいなのの影を見たのを今でも覚えてるよ。すごく怖くて……えへへ。多分見間違えただけだと思うけどね。その火事でお父さんとお母さんも死んじゃって、それで詠美ちゃんの家に貰われたの」

悠「……なんていうか、お前、イメージに合わないくらい重い人生持ってたんだな。でもまぁ、吉音だけでも無事だったのはせめてもの救いだったんじゃないか」

吉音「……そうだね、ありがとう」

悠「……」

少しだけ悲しみの混じったような笑顔。まるで泣き笑いだ。……吉音でもこんな顔をするんだな。

吉音「そのときから詠美ちゃんにはたくさん助けてもらったから、今は恩返ししなくちゃならないんだよ」

悠「……でもそれにしたってだなぁ」

吉音「ううん……」

吉音の意思は固いらしい。その顔をされると弱いんだよな……。

悠「……わかった。けどな、お前が詠美さんを大切に思うように、おれだったお前を大切に思ってるつもりだ。」

吉音「悠……」

悠「だから、我慢できなくなったらお前の意思を尊重せずにおれはおれのため、お前のために徳河にだって噛みつく……それだけは覚えておいてくれ。」

まぁ、学園の流れがどうなるかしだいだけど……。





ー???ー

学園の外れ。

ほとんど人の近寄らない寂れた区画に古びた倉庫がぽつんと建っている。

色あせた看板には第一書庫とかろうじて読める。

ここは学園建設当時に建てられた学園でも最も古い建物のひとつである。

ほこりの積もった書庫には水都光姫のお付きの八辺由佳里の姿があった。

由佳里は大量の本、いやファイルを熱心に読みこんでいた。いつになく集中し、頁をめくる指先と内容を追う瞳以外はみじろきもせずファイルの内容に集中していた。

紙のすれる音とぶつぶつと内容を読みあげる呟きだけが静かな書庫の中に響いていた。

由佳里「……あさ……あさ……あし…………あす……」

間断なく頁を繰っていた由佳里の手が止まる。

そしてさらに深く紙面に集中する。

その様子はまるで瞳をカメラにして、その頁を記憶の中に写し取ろうとしているようにさえ見えた。

光姫「由佳里?」

由佳里「ひゃっ!?み、光姫様っ、いつの間に!?」

光姫「何度もノックをしたはずじゃが?」

由佳里「そ、そうなんですか?すみません、全然気づきませんでしたぁ」

光姫「よいよい。相変わらず、すさまじい集中力じゃの」

由佳里「あ、ありがとうございます」

光姫「それでどうじゃ成果の方は?」

由佳里「は、はい。今ちょうど……こちらではないでしょうか?」

由佳里は頁を開いたままで光姫へとファイルをさし出した。

光姫はファイルを受け取り、じっくりと内容を吟味する。

光姫「ふむ……流石じゃな、由佳里。よくぞ見つけ出した。」

由佳里「あ、ありがとうございます!」

光姫「生徒番号さえ確認できればあとは調べなくてはならない幅がぐっと狭まる。頼むぞ。この書庫が取り壊されるまであと三日じゃ。それまでにこの女に関する資料をすべて探し出すのじゃ」

由佳里「はい!」

光姫「電子化されておらぬ膨大な資料から検索をかけるには、お主のその灰色の脳細胞に頼るしかないのじゃ」

由佳里「分かりました」

光姫「うむ。これが終わったら褒美に小鳥遊堂で団子でも食わせてやろう?」

由佳里「は、はひぃ!お、お団子のためにがんばりまふー!」

光姫「ふふ、お団子のためか…………この調査。大江戸学園、いや日本の未来がかかっておるのじゃぞ。」

由佳里「えっ、何かおっしゃいましたか?」

光姫「いいや」

光姫は答えずに由佳里の頭を撫でた。

由佳里「はわわ、あ、ありがとうございます~」

光姫「…………」

ふっと顔を上げた光姫の瞳は書庫の天井を抜け、いずこか遠くを見つめているようであった。
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