ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【9】

ー大江戸学園:張孔堂前ー

おれが先行する、そのすぐ背後から寅の気迫を感じた。

寅「はあぁぁ……うぉらぁ!!」

気合飛ばし。圧縮された殺気がおれを容易に抜き去り目のまえで暴れているヨリノブにぶつかる。

ヨリノブ『ジャァァア!』

尾をがむしゃらに振りさっきの塊りを叩き潰した。もちろん実際にそこには何もない。

五分の賭けというのは寅の「気合飛ばし」が人間だけでなく剣魂にも効果があるかどうかということだったらしいが……成功したらしい。

暴れる龍のわずかな隙を抜けて、おれはその先に待つ人物へと刃を振るった。

悠「オラァ!」

ガギンッ!

十兵衛「はぁっ!!」

がむしゃらとは言え力任せに振り抜いたなぎ払いを十兵衛は軽々と受け止めた。

悠「ぐっ……!」

ギリギリと鉄と鉄が押し合い、ジリジリとおれが押され始める。

十兵衛「小鳥遊。まさか、本当に向かってくるとは思わなかったが……少々蛮勇がが過ぎるんじゃないか?」

悠「……人間賛歌は勇気の賛歌!人間の素晴らしさは勇気の素晴らしさ!」

腹に力を込めて刀を押し返す。

十兵衛「いい言葉だ……。だが、それだけでは何も変えられないぞ!」

鍔競り合っていた刃が突然方向を変えて、下段からおれの刃を弾きあげる。無防をさらすおれの胴体にもう片手に持つ刃が払い抜けた。

悠「ぐぁっ……!?」

十兵衛「はあぁっ!」

さらに追い打ちとばかりに冗談からの斜め袈裟切り。これはマズイ……おれは打たれた腹に力を込めて上半身を反った。大きく身体を翻して両手を地面に着き、一回転してそれを避ける。

悠「げほっ……くっ。」

十兵衛「さぁ、どうする!」

手加減もなにもない容赦のない痛み。この人はやはり本当に本気らしい……。

混じりけも淀みもない剣伎に対抗するには……
……こっちも本気を出すしかない。長引けば長引くほど不利。ならば、おれに残された手はひとつしかない。

心の臓を極限まで圧縮……キーワードは……。

悠「命を捨てる……鬼状態(オニモード)発動」

二の手はいらない。おれが起こすは行動の一手。

圧が当たる。微動すら無く圧に当たる。否、越えようとしている。

何を……風?音?光?

否、それは……「事象」からの「認知」。

おれはすべてを……置き去りにした。

この間に因果はない。世界が「これは因果」と認識する暇なくかつ止(し)したわけでもない。

その間をおれだけが意識を掴んだまま動いていた。

三歩必殺

一歩目で崩し、二歩目で撃ち、三歩目で備える。

迫り来る恐怖を捻じ伏せ

敢えて危険の懐に飛び込み

勝利を掴む絶対的な勇気

だが……………遠い。何年経った…一歩踏み込むのに何年経った……?

意識を保つための感覚が精神を削っていく……距離とは己が恐怖。世界を置いてきたのだ…そこに天地の差が生まれるのならば、この距離は……自らが……創りだしている!

目と鼻の先にいたはずだった。遠退く……確かにそこに居た……遠退く。

遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く遠退く

三歩が、天地ほど遠い……。

恐怖をねじ伏せ、脳を腕を身体を足を前へ踏み込み……そして世界は動きだす。

それは確信的な絶対的な敗北の現実。

十兵衛「見事……だがまるで遅い。」

おれの拳は届くどころではなく空を穿ち。後に残ったのは無数に切り込まれた斬撃の痛み。

悠「ぐぁ……!」

刹那の功を仕掛けたはずのおれが刹那の功に敗れる。分かっていた……おれと十兵衛さんの差を、しかし後悔はない。鬼状態の効果が消える。内と外から発する痛みに意識が飛ぶ。

崩れ落ちる身体を誰かに掴まれた気がした。

左近「やれやれ……本当に無茶しなさる。」

十兵衛「左近……ああそうか。お前の能力は透明化だったか。」

左近「えぇ。そういうことなんで……逃げさせてもらいますよ。小鳥遊さんもね」

雪那「させません!ヨリノブ」

ヨリノブ『ジャアアァ!』

左近「おおっと!」

その体格に似合わず悠を担いだままヨリノブの尾を避けた。一撃で壁が崩壊するほどの威力。しかし、そのおかげで逃げ道ができ足早に逃げていった。
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