ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【9】

ー大江戸学園:南町奉行所ー

想「恐れていたことが起ってしまいましたね。こうも正面から堂々と、牙を剥く方が出て来るとは」

吉音「お屋敷を襲っていたのも雪那さんだったの?どうして……。お勉強を教えてくれる優しい先生だったんだよ?」

想「何事もなければ、そのままでいられたのでしょうけどね……」

悠「……」

吉音は納得がいかないようだが、逢岡さんは渋い顔をするばかり。

吉音には申し訳ないが、実際のところおれの中でも、さほど意外とは思えないことだった。

由比さんとの交流は少なかったけど、言葉の端々に強烈な熱意、信念がにじみ出ていた。

『反乱』ではなく、『革命』と信じての決起なら、彼女ならありそうな気がする。

想「彼女がどういう考えでいるにせよ、その行動で負傷者が出ました。さらに制圧された場所はそのまま占拠され続けていて、皆さんの生活にも影響が出ています。何を差しおいても、この暴動を鎮圧しなければなりません。」

吉音「……わかった。お手伝いできることがあったらいってね。」

想「ええ。頼りにしています。」



それから数日間、酉居は自ら火盗を率いて由比さんの軍と交戦した。

しかしそれはすべて由比さんの勝利に終わっていた。正面からの殲滅にこだわる酉居を、由比さんは自在の用兵で翻弄。

酉居は隊を細切れに分断され、同士討ちを引き起こされては、這々の身体で撤退する事を繰り返している。

由比さんは、私塾『張孔堂』を根拠地に徐々に支配領域を広め、意気軒高だ。

逆に酉居を筆頭とする執行部は、評判を落としはじめていた。



ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

男子生徒A「酉居さんはまた負けたらしいな」

男子生徒B「ああ。火盗の人が話しているのを聞いたんだが、長谷河さんや徳川様の意見を全然取りいえないんだそうだ。」

男子生徒A「ありえそうだな。酉居さんは頭に血がのぼると正面しか見えなくなるからなぁ……」

男子生徒B「由比雪那がいうことも頭から否定はできないよな……」

小鳥遊堂の前を、そんな会話をしながら二人の生徒が通り過ぎていく。

コレで何人目かと数えるのもバカバカしいくらい、学園は由比さんの決起の話題で持ち切りだ。

吉音「詠美ちゃん、どうしてるのかなぁ……」

うわさ話しを聞くたびに、吉音の表情が曇る。

どうも徳河さんは、選挙活動に影響が出てはいけないという事で、ほとんどの権限を奪われているらしい。

そもそも新将軍選挙自体が中断状態なんだけど。

悠「何か、思ったより由比さんが悪く言われていないようなのは気になるな。それだけ剣徒や執行部の人たちは嫌われていたんだろうか」

吉音「詠美ちゃんは嫌われてないよ!」

悠「徳河さん個人はそうでも、もっと広く見たカテゴリーだとべつってことだよ」

久秀「あら、私は執行部丸々を嫌ってるけど?」

吉音「ムッ!」

久秀「だって、由比雪那がいってることの方が事実な気がするじゃない。上下関係に徳河の血筋。そんなものばかりで何処が公平で自由なのかしらぁ。クスクス」

目安箱なんかを通じて、おれも学園内の上下関係というものは、何度も目の当たりにしてきた。

徳河さんがそうだとは言わないが、お家柄を鼻にかけ、横柄な態度の生徒もいるのが現実だ。

悠「でもこのままじゃ不味いなぁ……由比さんがどんどん勢いづいてくる。」

吉音「……どんなにいいことを言っててもね、やってることはただのケンカだよ。雪那さんを許しちゃ、ダメなんだ」

悠「まったくもって、その通りだな」

久秀「許されなくても我を通し切れれば良い。小鳥遊悠はそういう男なのではなくて?」

悠「……お前はそうやっておれを苛めるなよ」

久秀「くすくす。久秀はただ疑問を尋ねただけよ。」

悠「はぁ…」

もし今も目安箱が許されていたら、どんな相談事が持ち掛けられてきたんだろうか。
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