ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【7】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

平良「ちょいとごめんよ」

悠「あ?長谷河……さん」

平良「少しいいか?」

突如として現れた長谷河に驚きつつ、おれはとっさにねずみやの方を盗み見た。

ねずみやはまだ営業中だから、なにかの拍子に由真がこっちを見たら長谷河に気づくだろう。

そして、おれと長谷河がこんなふうに会っていたら、余計なことを話していないかと疑われかねない。

悠「あー……その、よかったら部屋にあがってもらえないかな。もう店を閉めるところだったんで」

平良「ああ、そうだったのか。悪いな」

ひとまず長谷河さんを部屋に招き入れ、お茶を淹れる。

悠「こんな時間に、いったいどうしたんです?」

平良「いやなに。どうしても気になることがあってな」

悠「気になること?」

平良「ああ。昼間のお前さんの態度だよ」

悠「あー……」

平良「ほら、またその顔だ。そんな顔をするくせに必死に黙り込んで、いったいなにを隠してるんだ?」

悠「んーふふ……えーと……」

平良「もしかして、今日一日、私の様子を窺っていた奴と関係があるのか?」

悠「なんだ……気ついてたのか」

平良「ほう」

悠「あ……」

くそっ、口が滑った。こんな簡単なカマかけに……

平良「なるほど。なにやら面倒なことに巻き込まれているということか」

悠「いや。どちらかというと、巻き込まれてるのは長谷河の方なんだけどな……」

平良「私が?」

不思議そうに見つめてくる長谷河に、全てを話してしまいたくなる。

だが、余計なことをすると、いろいろ面倒なことになりそうだし……。下手に話して、怪盗猫目のことがバレてしまったら大変だし……。

そんなふうにおれが迷っていると、不意に長谷河が笑みをこぼした。

悠「?」

平良「わかったよ。そういうことなら、無理に聞くのはやめておこう」

悠「……いいのか?」

平良「お前さんがそこまで躊躇うってことは、余程のことなんだろう?」

長谷河はおれを押し留めるようにそういうと、湯気の立つ湯呑みを一気にあおった。

悠「……」

平良「まあ、自分も厄介事に巻き込まれてることが分かっただけで十分さ」

悠「その……すみません」

平良「なに、気にするな。降りかかる火の粉を払うのも仕事の内だ。だが、私の払い方はいささか乱暴かも知れんぞ?」

長谷河はそういって、獰猛な笑みを浮かべた。



ー大江戸学園:食堂ー

珠子「……よしっ」

長谷河平良のあとをつけ、様子を窺い始めて三日。意外と早く、その機会はやってきた。

その身にまとう雰囲気ゆえ、周りの空気まで引き締めてしまう長谷河平良だが、気が緩む瞬間だってある。

今まで見て来て、特に緩むのは食事の瞬間だった。さすがに長谷河平良といえども、物を食べるとまで気を張ってはいられないらしい。

おまけに今日は、クラスメイトと談笑までしている。やるなら絶対にいましかない。

気配を殺して、長谷河平良に近づく。

そのとき、談笑していた相手が席を立った。たぶん、花でも摘みに行くんだろう。長谷河平良の意識もそちらに向き、さらなる隙を私にさらす。

今だ!

背後を通り過ぎる瞬間、長谷河平良の懐にしまわれている財布を狙う。子住由真のように、身体をぶつけたりはしない。

あれは子住由真を挑発するつもりで、あえてぶつかってやっただけのこと。

だが、鬼平を相手に、そんな余裕があるはずもない。気を引き締め、意識を研ぎ澄まし……。擦れ違いざまに財布を抜き取った。
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