ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【7】

ー大江戸学園:大通りー

由真「アンタが悪いんだからね。急に抱きついたりするから」

悠「支えてやっただけじゃないか」

と、文句をいってみたが、由真が素直に謝るのを期待したわけじゃない。まあ、言い合いになっても不毛なだけだし、おれが折れておくべきだろう。

由真「ふんっ」

悠「はぁ……じゃあ、おれが悪かったってことでいいから、その詫びに、荷物はおれが持っつてことでいいな?」

由真「え?」

悠「ほら、行くぞ」

由真「あ……ちょっと待ってよ!もう。勝手なんだから」

どっちが?と、口には出さずに思うだけにしておく。由真も、ここら辺が落とし所と思ったのか、それ以上の文句は言ってこなかったしな。




ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

悠「ただいマーズアタック」

と、声をかけてみたものの、返ってくる声はない。どうやら吉音と久秀は、まだ来ていないようだ。

買い出しをしてから帰ると伝えておいたから、どこかで寄り道をしているのかもな。

まあ、先に店を開けておいてもらおうかとも思ったが、客なんてそうそうこないだろうし……。

おれが居ないのをいいことに、店のものに手をつけられたら困るからな。いや、吉音を信用していないわけじゃないんだが、万が一ってこともあるし……。

そんなことを思いながら、店を開ける準備をしていたときだった。

由真「ねえ、ちょっと」

ねずみやの前でさっき別れたばかりの由真が、なにやら首をひねりながらやってきた。

悠「あ?どうかしたか?」

由真「……うん。あのさ、私の財布を知らない?」

悠「はあ?そんなのおれが知るわけ……って、もしかして、財布がないのか?」

由真「だったらなによ?」

悠「なんで怒るんだよ。確認しただけだろ」

由真「だって……」

悠「とにかく、財布がないんだな?」

由真「……うん」

悠「いつからだ?」

由真「お店でお金を払ったあと、ちゃんとしまったはずなんだけど……」

悠「じゃあ、落したとしたら、そのあとだな」

由真「落したりしてないもん!」

悠「でも、ないってことは、落したとしか……」

由真「あっ!」

悠「どうした?」

由真「スられたのよ、あのときに」

悠「……スられた?」

由真「ほら。お店を出たあとに、ぶつかられたでしょ?あの時にスられたのよ」

確かに、由真がぶつかられたのは覚えている。

悠「ああ、でも、あんな一瞬でスられるもんなのか?しかも相手、女の子だったじゃないか」

由真「女だからなんだって言うのよ!スリに男も女も関係ないでしょ!」

悠「それもそうかもしれないけど……」

由真「あーもー、一生の不覚だわ。この私が、怪盗猫目ともあろう者が、スられたことに気づけなかったなんて!」

声を荒げた由真が、拳を握りしめながら悔しそうに地面を蹴る。

悠「まあ落ち着けよ。とりあえず、奉行所に届けに行くか?」

由真「……やだ」

悠「は?」

由真「奉行所に泣き寝入りなんて、誰がするもんですか。財布くらい、自分で取り戻してみせるわ!」

悠「何いってるんだよ?取り戻すって、どうやって?」

由真「そんなの、犯人を捕まえれば済むことでしょ」

悠「無理言うなって。あんな一瞬じゃ、相手の顔だって覚えてないだろ?それでどうやって捕まえるんだよ?」

由真「顔なんて分からなくたって、どうにかするわよ」

悠「おい?由真」

由真は一方的に話しをうち切って、身を翻した。ねずみやに戻るのかと思ったが、どうやら向かっている先が違う。

まさかあいつ、大通りに戻るつもりなのか?
呼びかけても、由真は振り返ろうともしない。遠ざかるその背中を眺めながら、おれは深々とため息を吐く。

なにを考えてるのかは知らないが、頭に血があがってるのは確かだろう。

ほっとくわけにはいかないよな、やっぱり……。ため息混じりに筆をとる。

そして、吉音と久秀に向けて「店を頼む」という書置きを残し、おれは由真のあとを追いかけるのだった。
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