ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【7】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

越後屋「こんにちは、小鳥遊さん」

悠「う……越後屋。今日はなんのようだ?」

越後屋「ちょっと目安箱の中を確認してくれへんかなぁ。大事件の予感がするんやけど」

悠「あー?大事件だって?」

その日の午後のこと。ウチの店にいきなりやって来た越後屋が、そんなことを言い出す。越後屋の言葉にしたがって中を改めてみると、中には投書が一通。

『小鳥遊堂を貸し切らせて欲しい。越後屋山吹』

越後屋「……」

悠「…………なんの冗談だ、これは」

越後屋「見たまんま、お願いやんか。ここに入れたら聞いてくれるんやろ?」

悠「直接言えよな……それで貸し切り?うちの店を?」

越後屋「せや。次の日曜日、できたら昼過ぎくらいからな」

悠「日曜の昼なんていったら、飲食店の一番の掻き入れ時だぞ」

越後屋「そないなこというたかて、どうせいつもそれほど客ははいっとらんのやろ?」

悠「余計な御世話だよ!」

確かに隣の「ねずみや」に比べれば一割にも満たない客数だが、それでも来てくれる客はいるんだいっ。

越後屋「それに来てくれる客いうんも、基本は常連客ばっかしなんやろ?」

悠「そりゃまあ、そうだけど」

越後屋「ほなら、その人たちも招待したるわ。少しくらい人数が増えたところで問題ないやろ」

悠「……そもそもうちなんか貸切にして、いったいなにをやろうっていうんだ?」

越後屋「ああ、そういえばその辺のことをまだなにもいうてへんかったなあ」

悠「……しっかりしてくれよ、越後屋さん」

思わずがっくりうなだれるおれ。

越後屋「ちょいとひとを集めて、焼き肉パーティでもしたろ思うてな」

悠「焼き肉パーティ?」

越後屋「ああ、高級肉を炭火で焼いてな。あらかた、招待状は配りおわっとる。もちろん小鳥遊さんも招待客のひとりやで。ほい、これがあんさんの分の招待状や」

そういって、なにかひらひらと紙きれを振る越後屋。渡された、なにかのチケットにも見えるその紙片には。

悠「これ……会場がもうすでに小鳥遊堂になってるじゃないか!」

紙片には日時に加え、堂々と「会場・小鳥遊堂」と印刷されていた。

越後屋「ふふっ」

悠「おれが貸し切りを断っていたら、いったいどうするつもりだったんだ?」

越後屋「それこそウチの交渉術の見せどころや。どんな手を使うてでも、うんといわせてみせたで」

悠「どんな手を使ってでも……って……」

越後屋「最悪、当日あんさんを拉致してじっかの倉庫にでも閉じ込めて、勝手に店を使うとか」

悠「お前なら本気でやりかねねぇな」

越後屋「実際には、たいした手を使うまでもなく引っかかってくれたけどな」

からからと笑う越後屋。……引っかかったんだ、おれ。

悠「……」

越後屋「ま、いくらウチでも、招待した客から金取ろうなんて思うてへん。せやさかい、小鳥遊さんも当日は客として楽しんでくれたらええよ」

悠「はあ……」

越後屋「ああ、バーベキュー用のコンロとか燃料の炭とかは、こっちで手配してあるさかい。当日の朝に店に運びこませてもらうで。ええな」

悠「炭火にコンロか……しっかり換気しなきゃならないな」

越後屋「大丈夫やろ。こんな隙間だらけで風通しのいい店に、今さら換気が必要とも思えん」

悠「貸してやらなくてもいいんだぞ、コラ」

越後屋「ふふっ、冗談やないの。ちょっとは」

ほとんど本気なんじゃねーか。ま、せっかくただで高級焼き肉を食べさせてくれるっていうんだ、ここは素直に好意に甘えよう。

それにしても……このひとの場合、なにか裏で企んでるような気がしてたまらないんだよなあ……。
41/100ページ
スキ