ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【7】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

吉音「ほらほら悠、早く行こっ!」

悠「ちょっと待てって」

すぐにでも、ねずみやに飛び込んでいきそうな吉音を慌てて引きとめる。

結花「どうかした?」

悠「いや、誘ってもらえるのは嬉しいんですけど……こんな急にお邪魔して大丈夫なんですか?」

結花「ええ。もちろん……」

由真「ダメに決まってるでしょ!」

悠「うおっ!?」

いきなりの大声とともに由真が現れ、おれは思わず仰け反ってしまった。そんなおれをひと睨み、してから、由真は呆れたような顔をして結花さんの方に向き直る。

由真「まったく。厨房に居ないからどこに行ったのかと思えば……」

結花「もうラストオーダーは済んでるんだから、ひと休みするくらいいいじゃない」

由真「それは構わないけど、だからってなんでコイツのところなんかに……しかも晩御飯に誘ったりして……」

結花「だって、そうでもしないと小鳥遊君とゆっくり話す時間を作れないでしょ?」

由真「コイツとなにを話すって言うのよ?」

結花「なにって……別になんだっていいじゃない。趣味とか、好きなものとか……」

由真「そんなこと聞いてどうするのよ」

結花「どうもしないわよ。ただお話しをしたいだけなんだから」

由真「そんなの時間の無駄だって」

結花「もう。由真はそうやって、小鳥遊君のことになると、すぐ意固地になるんだから」

由真「なにそれ!?私、別にそんな……」

唯「あっ!お姉たち、そんなトコにいたのっ!!」

悠「おっ…」

ねずみやの入り口のドアから顔を覗かせた唯ちゃんが、ふたりの姉の姿を見つけて眉をつり上げていた。

唯「も~っ!まだお客さんがいるのになにしてるのさっ!ボクひとりじゃ手が足りないってばっ!」

結花「ごめんなさい。すぐに戻るつもりだったのに、由真が邪魔するから」

由真「ちょっ!?なんで私のせいに……」

唯「由真姉っ、悠さんと話したいなら後にしてよっ」

由真「違うってば!どうして私がコイツと……って唯!アンタ聞いてる?」

唯「はいはい。早く戻ってきてね。」

由真「あー、もー……全部アンタのせいなんだからね!」

悠「なんでおれが……」

おれの文句なんて聞こうともせず、由真は唯ちゃんの後を追って、ねずみやへと戻っていってしまった。

渋面するおれの顔を覗きこんだ結花さんが、面白がって、くすくすと小さく笑っている。

結花「由真があの調子じゃ、せっかく小鳥遊君に来てもらっても大変だと思うから、晩御飯はまた今度ね」

悠「……はあ」

結花「じゃあ、おやすみなさい」

結花さんはそういうと、ほがらかな笑みを残して去っていった。すると、辺りが一気に静かになる。女三人寄れば姦しいというが、あの三姉妹の存在感は凄いな。

なんてことを思っていると……。

吉音「悠ぅ~……おなかすいた~……」

盛大に腹を鳴らして、吉音がおれにしがみついてきた。せっかく晩御飯にありつけると思ったのに、お流れになってしまってショックだったんだろう。

やれやれ、我ながら甘いとは思うが、こうも弱りきった姿を見せられたら仕方がない。しがみついてる吉音を引きずって店の奥へ行き、団子をひと串だけ取り出す。

悠「ほれ。これでも食いながら帰りな」

吉音「……いいの?」

悠「いいよ。今日だけ特別だぞ。久秀には言うなよ」

吉音「わーい。悠、ありがとー♪」

吉音は団子を受け取り、満面の笑みを浮かべる。その様子に、俺も釣られて笑ってしまう。まあ、たまにはこれくらいのサービスはしてやってもいいだろう。

悠「じゃあ、店じまいするか」

と、店の片づけをはじめたわけだが……。おれはこのとき、今日の数少ない客の中に越後屋がいたことなんて、すっかり忘れてしまっていた。

まあ、何も注文して行かなかったのだから、客とは呼べないんだが。ともかく、越後屋が居たの思い出すことは、数日後のことになる。
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