ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【7】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

吉音「ふーん、たいへんらったねぇ、ひゅうも」

悠「……同情するならせめて、つまみ食いを隠しながらしてくれ」

吉音「隠したら、つまみ食いしていいの?」

悠「そういう問題じゃ……ああもう、説明するのがどうでもいいくらい、疲れた……」

おれより先に戻っていた吉音は、ちゃっかりと店の在庫を食い散らかしていた。だが、そっちにエネルギーを割く余裕はなかった。なぜなら……。

越後屋「小鳥遊さんは疲れただけやけど、ウチは疲れたうえに骨折り損や。赤字や赤字」

悠「はぁ……」

ここまでの越後屋の対応だけで、おれは精も根も尽き果てていたからだ。

越後屋「折角連れていったあんさんは、まったく役に立ちまへんでしたし。それどころか、商談を勝手に打ち切って、無理矢理ウチを連れ戻すなんて……信じられまへん」

悠「最初に言っただろ。協力するとは決まってないって」

越後屋「……ふん……」

越後屋にしては珍しく、それ以上は言い返さずに口をつぐんだ。……もしかしたら、実は見た目ほど怒ってないのかな?

吉音「ん?越後屋ってばなにかいてるの?」

越後屋「これ、小鳥遊さんへ渡してくれます?」

吉音「ほーい了解。……はい、悠」

悠「だから、直接渡せばいいのに…………って、これ、なんだよ」

越後屋「書いてある通りです」

吉音「なになに、見して?」

悠「あ、こら、ちょ……」

吉音「えーと、「役立たずの茶屋主人をなんとかしなさい」……あはは、言われてるよ悠」

悠「言われなくても、読んだんだから分かるって……ったく」

越後屋「目安箱に入れるものやから、対処の方よろしゅうに」

吉音「ほーい」

悠「ほーい、じゃないっ!なんでもかんでも請け負うな!越後屋も!目安箱は、そういうものじゃないっていってるだろ!!」

越後屋「ふん……」

……いかん。これはそうとう怒ってるみたいだな。まあ、あの越後屋が儲けをフイにしたんだから……怒らないわけ無いか。とはいえ、あの話しはどう考えても無茶だったしなぁ。

悠「越後屋。金で買えないものというのも、この世のなかにはある。あの絵もそのひとつだったんだよ」

越後屋「金がないと失うものも、ぎょーさんありますけどね!」

悠「そのとおりだけど、人の感情に対して、値段をつけたところでどうしようもない」

越後屋「感情なんてあやふやなもん、どうでもええ。利益が出ると分かっているのに、どうして理解せぇへんのか……」

悠「こればっかりは、人それぞれだからなぁ」

越後屋「ならウチは、理解せんままずっと怒り続けますので、よろしゅうに」

悠「全然よろしくねぇ……」

越後屋「よろしくないのはウチの気持ち……っと、あら?そこにいるのははじめやないの」

はじめ「ん、旦那……こんなところにいたのか」

悠「こんなところ、ですみませんね」

はじめ「まったく、こんなところで」

……言葉のチョイスに軽い嫌味で応じてみたら、既に嫌味を言われていたとは……!

越後屋「ところではじめは、どこかへでかけるんか?」

はじめ「旦那のところへいこうとしてたところだよ。……これを届けようと思って」

そういうと、手に持っていた包みを越後屋へと手渡した。

越後屋「これ、なんや?」

はじめ「賭場に来た人からもらった差し入れだよ。珍しいお菓子だってさ。日持ちしないからすぐに食べろって」

越後屋「もしかして、ウチ探してたって言うのは……?」

はじめ「ボクひとりで食べても味気ないし。……どうせなら旦那にと」

越後屋「はじめったら……ありがとう、嬉しおす」

はじめ「……ん」

悠「…………それ、美味しそうですね」

越後屋「美味しそう、とは失礼な。はじめが持ってきてくれたお菓子や。美味しいに決まっとる」

悠「でしたらそのお菓子、おれに譲ってくれません?もちろん、タダとはいいませんよ」

越後屋「は?なんでウチがもらったものを、小鳥遊さんに売らんとあかんのん」

悠「おれがたべたいからですよ。いくらなら、売ってくれます?」

越後屋「お断りや」

悠「どうあっても、ダメですか?」

越後屋「話しになりまへんなぁ」

悠「……ほら、越後屋にも有るじゃないか」

越後屋「……は?」

悠「利益が出ると分かってるのに、おれに売ってくれなかった。それは、感情の問題だよな。利益になっても売りたくない気持ちが、それだよ」

越後屋「む……むむむ……!」

悠「それ自体はただのお菓子で、しかも他人からの貰い物に過ぎない。でもそこには、佐東の「気持ち」が入ってて……それを越後屋は、誰にも渡したくなかった。しっかり、理解してるじゃないか」

越後屋「……ふ、ふん、何を言ってるのか、さっぱりや!」

悠「結構可愛いところあるんだな、越後屋も」

越後屋「こ……この、いけずっ!」

はじめ「……一体、何があったんだい?」

越後屋「そ、それは……」

悠「よかったら、おれの方から説明するよ。これはな……」

越後屋「あ、あんさん、少しだまっときぃや!はじめもしょーもないことやさかい、聞かんでええからな!」

はじめ「は、はぁ……」

悠「じゃあ、あとで教えるよ」

越後屋「ああああ、小鳥遊さんっ!?」

珍しく取り乱した越後屋の声は、珍しくもなんともない、いつも通りの青空に吸い込まれていった。

どうやら今日も、天下は泰平。世はこともなく……終わりよければすべてよし、ってな。
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