ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました

ー新宿:茶屋小鳥遊堂前ー

「……」

深夜の路地で蠢く、異形の影。
正体は闇のなかなれど、顔の中心が大きくせり出したその姿を、忘れる事はないだろう。

昨今学園を騒がせている、天狗面の一党である。
その手には、ぼんやりと輝く火種が握られている。

「おい、やめときな。火付けは罪が重いぜ?」

「!?」

はっとして顔をあげる天狗面。その前に現れたのは…遊び人の金と十手を構える真留だった。

「お前天狗党だな」

「すぐに武器を捨てて壁に両手をついてください」

「くっ…」

「そうだ。油の瓶とマッチを地面におきな」

天狗党員はゆっくりとてに持っていた火付け道具を下におろす。

「つ、捕まってたまるか!」

天狗面の男は火付け道具を置くやいなや、懐から玉のようなものを取り出して金さんたちに向かって投げつけた。

割れたたまからは白煙がもうもうと立ち上がり、辺りを白く包んでしまう。
煙幕の向こうにかすかに逃げ去る影が見える。

真留が叫んだ。

「しまった!煙り玉!逃がさない!」

「待て、真留」

駆け出そうとする真留だったが、金さんがそれを遮った。

「で、でも!このまま逃がすわけには」

「もちろん逃がしゃあしないさ。ただ追跡者にはお前より適任がいるだけだ。ハナサカ」

金さんが刀の柄を握って号令するとその足下に中型の犬の姿が形作られていく。桜吹雪を駆け抜ける!
忠犬ハナサカ、お呼びとあれば即参上!

それを見て真留も納得した様子だった。

「ハナサカ、あいつを追え!」

『わんっ!』

ハナサカと呼ばれた犬型剣魂は、金さんの命令に一声吠えると勢いよく駆け出していった。
同時に笛の音が鳴る。

「呼子です」

「聞こえてるよ。他のとこでもやらかしてやがるな」

あごに手をやり、ひと思案する金さん。

「よし。ここはもう大丈夫だろう。呼子の聞こえた方に向かうぞ」

「はい!」

二人はまだ薄く煙の残る通りを抜けていった。
ちょうど二人の背中が闇に消えた頃…

「なんだ、なんだ?」

おれは窓を開けて、目をこすりながら通りを見下ろした。

「おや、小鳥遊さん」

「お、中村さん」

目があったのはちょうど店の前を通っていた同心の中村さんだった。

「なんかあったのか?微睡みかけてたのに、うるさいから起きちゃって」

「ああ、この店、放火されかけてましたよ」

「ぶっ!?マジか…」

思わず声をあげてしまった。中村さんは飄々として答えたけど、こっちにしたら生死のかかった問題だぞ。拳二の忠告があたったし…やっぱりあれはフラグだったか。

「っか、なんのためにこの店を?」

「今、話題の天狗党の仕業ですよ。理由は騒ぎを起こしての示威行為でしょう。あと最初からこの茶店を狙ったってことはないと思いますよ。ふるくて燃えやすそうに見えたんじゃないですかね」

「そんなとばっちり有るかよ」

「あたしに言われても困りますよ」

「そりゃそうなんだけど…」

「ほら、いろんなとこから半鐘の音が聞こえるでしょう?連中、至るところで同じようにやらかしてるってわけですよ」

「ってことは組織的か」

「ですねぇ。こっちゃ余計な仕事増やされていい迷惑ですよ」

「でもそれだけの頭数が同じ方向を向いて動いてるってことは裏で糸を引いてる人間がいるな。それも何らかの大義名分を立てることが出来る結構な大物…」

「へええ…」

「あー?」

「いや、感心してたんですよ。ただの頼りない兄ちゃんかと思ってたら意外と頭が回るじゃないですか」

「そんな風に見られてたのか…ま、いいけど」

「あはは、これは失敬でした。ま、それにしてもその推理、いいところを突いているとは思いますよ。小鳥遊悠さん」

「……そりゃどうも」

「じゃ、まだまだ仕事なんで」

「お疲れさま」

「そんじゃ。火の用心」

中村さんは軽く手を上げて会釈すると、とっとと駆けていってしまった。

「地上げの次は放火かよ…」

おれはため息をついて窓を閉じた。
まだ半鐘は鳴っていた。
寝られるかな…。
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