ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【7】
ー闘剣場ー
青龍軒「うぅ……っ」
シオン「青龍軒といったか。おまえは腕も立つし、頭も切れる。が……肝が小さすぎだ」
青龍軒「なっ、んだと!?」
シオン「もう少し楽しめると思ったのだが、やることなすこと小さすぎで……もう興ざめだ」
青龍軒「うぬっ……輪月殺法……っ」
シオン「……やめた」
青龍軒「なに……?」
シオン「爪の垢ほどは楽しませてもらった駄賃だ。おまえの望みどおりにしてやる。ほら、いくぞ!」
シオンは下げていた刀を大上段に振り上げる。輪月の構えを自分から解いたのだ。
青龍軒「なっ……舐めるなあぁっ!!」
すべては一瞬の出来事だった。シオンが上段から振り下ろした一撃を、青龍軒の下段から摺り上げた刀が弾き返す……かに見えた。
だけどそのとき、シオンの刀はもうそこにはなくて、青龍軒の刀はむなしく天を裂いただけだった。
シオン「……」
青龍軒「……ぐ、ぐはぁっ!!」
司会「う……うおおぉ!!何が起きたのか分からないが、とにかく眠利シオンの勝利だぁ!!」
シオン「まあ、こんなものか。ヒマつぶしにしては楽しめたな」
こんなもの……シオンはそういったけど、おれにとっては目を追えたことが奇跡のような神業だった。
青龍軒の高速剣技、竜の爪。
その第一の爪を、上段からの打ち込みで誘うと同時に、引いた刀を身体ごと低く沈みこませて、深く組み込む。
そして、第二の爪が振るわれるより速く、がら空きの胴を斬り払う。上から落ちる影だけを見せて、その実は下から撥ねる虚実渾然の剣……それが、シオンの放った一太刀だった。
悠「すっ……げぇな……」
おれにいえたのは、ただもう、そのひと言だけだった。
ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー
闘剣の試合でシオンが鮮烈な勝利を飾った日の翌日。シオンは今日も今日とて、茶屋に入り浸っている。
シオン「なあ、悠。わたしは昨日、おまえとなにかとても大切な話しをした気がするのだが……覚えていないか?」
悠「い、いやぁ……な、何の話しだろうなぁ?おれにはさっぱり覚えてないなぁ」
シオン「ふぅん……とても美味しい話しだって気がするのだが、ふむ……」
シオンはさっきからしきりに、気だるげな仕草で小首をかしげている。昨日の約束、どうやら本気で忘れているみたいだ。
ああ、どうかこのまま完璧に忘れてくれますように!
吉音「あ、そういえば約束してたね。たしか、シオンさんが仕合にいってくれたら何でも……」
悠「あーあー、あーっ!なんでいっちゃうんだよぉ!!」
シオン「ああ、そうか。そうだった。悠を食べさせてもらうと約束してたんだったな」
悠「なんか違うぞ!おれは、好きなものを食べさせてやる、といったんだ!」
シオン「だから、悠をたべさせてくれるんだろ?」
悠「それは絶対、食べるのニュアンスがちがうから!」
吉音「ええーっ!悠って食べ物だったのーっ!?」
悠「だから全然違うからっ!!」
なんて、そんなどうでもいいことで騒がしくしていたときだった。
須美「あの、ごめんください」
悠「あ……須美さん」
おれは正直、どう声をかけていいのか分からなかった。須美さんは昨日、気を失ったまま試合場から救護室に運ばれた後、目を覚ますなりひとりで帰ってしまっていた。てっきり、もう顔を合わせることはないと思っていたのだけど……。
吉音「えっと、シオンさんにご用?」
須美「はい。シオン様に改めて剣の手ほどきをお願いしたく、参りました」
シオン「へぇ……あれだけ言われて、まだやる気なのか」
あれだけいった張本人が、さも他人事のような顔だ。その興味なさげな顔を、須美さんはまっすぐ見据える。
須美「わたしも兄も、ごっこ遊びなんかじゃありません。それを証明して見せます」
シオン「どうやって?」
須美「わたしの手で青龍軒を倒して、兄の仇を討つことで」
シオン「それが出来ると本気で思っているのか?」
須美「それはシオン様の教え方次第です」
シオン「言うじゃないか」
須美「……っ」
シオンの眼差しが険呑に細められる。須美さんは小さく呻きを漏らしたけれど、シオンから目をそらさずに、ひたとまっすぐ見据え続ける。やがて根負けしたように、シオンの目つきが緩んだ。
シオン「……いいだろう、教えてやる。ただし授業料として、夜は私の好きにさせてもらうぞ」
須美「はい……それも、覚悟の上です……」
須美さんは赤らめた目元を隠すように頷いた。なんだか全然、嫌そうじゃない。というかむしろ嬉しそう?
吉音「……ねえねえ、悠」
悠「あー?」
吉音「これって結局、どういうこと?」
悠「磁石のM極とS極は惹かれあう、ってことらしい」
吉音「ふぅん、そっか。さっぱりわかんないや」
悠「安心しろ。おれもだ」
今のおれに分かることは、せいぜい三つ。
一つ目は、これで万事収まるところに収まったらしいという事。
二つ目は、シオンからは女性を惹きつける何かが発散されているらしいこと。
そして三つ目は、これで完璧に、シオンがおれとの約束を忘れてくれたことだろうということだった。
……すこし惜しかったかな?
青龍軒「うぅ……っ」
シオン「青龍軒といったか。おまえは腕も立つし、頭も切れる。が……肝が小さすぎだ」
青龍軒「なっ、んだと!?」
シオン「もう少し楽しめると思ったのだが、やることなすこと小さすぎで……もう興ざめだ」
青龍軒「うぬっ……輪月殺法……っ」
シオン「……やめた」
青龍軒「なに……?」
シオン「爪の垢ほどは楽しませてもらった駄賃だ。おまえの望みどおりにしてやる。ほら、いくぞ!」
シオンは下げていた刀を大上段に振り上げる。輪月の構えを自分から解いたのだ。
青龍軒「なっ……舐めるなあぁっ!!」
すべては一瞬の出来事だった。シオンが上段から振り下ろした一撃を、青龍軒の下段から摺り上げた刀が弾き返す……かに見えた。
だけどそのとき、シオンの刀はもうそこにはなくて、青龍軒の刀はむなしく天を裂いただけだった。
シオン「……」
青龍軒「……ぐ、ぐはぁっ!!」
司会「う……うおおぉ!!何が起きたのか分からないが、とにかく眠利シオンの勝利だぁ!!」
シオン「まあ、こんなものか。ヒマつぶしにしては楽しめたな」
こんなもの……シオンはそういったけど、おれにとっては目を追えたことが奇跡のような神業だった。
青龍軒の高速剣技、竜の爪。
その第一の爪を、上段からの打ち込みで誘うと同時に、引いた刀を身体ごと低く沈みこませて、深く組み込む。
そして、第二の爪が振るわれるより速く、がら空きの胴を斬り払う。上から落ちる影だけを見せて、その実は下から撥ねる虚実渾然の剣……それが、シオンの放った一太刀だった。
悠「すっ……げぇな……」
おれにいえたのは、ただもう、そのひと言だけだった。
ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー
闘剣の試合でシオンが鮮烈な勝利を飾った日の翌日。シオンは今日も今日とて、茶屋に入り浸っている。
シオン「なあ、悠。わたしは昨日、おまえとなにかとても大切な話しをした気がするのだが……覚えていないか?」
悠「い、いやぁ……な、何の話しだろうなぁ?おれにはさっぱり覚えてないなぁ」
シオン「ふぅん……とても美味しい話しだって気がするのだが、ふむ……」
シオンはさっきからしきりに、気だるげな仕草で小首をかしげている。昨日の約束、どうやら本気で忘れているみたいだ。
ああ、どうかこのまま完璧に忘れてくれますように!
吉音「あ、そういえば約束してたね。たしか、シオンさんが仕合にいってくれたら何でも……」
悠「あーあー、あーっ!なんでいっちゃうんだよぉ!!」
シオン「ああ、そうか。そうだった。悠を食べさせてもらうと約束してたんだったな」
悠「なんか違うぞ!おれは、好きなものを食べさせてやる、といったんだ!」
シオン「だから、悠をたべさせてくれるんだろ?」
悠「それは絶対、食べるのニュアンスがちがうから!」
吉音「ええーっ!悠って食べ物だったのーっ!?」
悠「だから全然違うからっ!!」
なんて、そんなどうでもいいことで騒がしくしていたときだった。
須美「あの、ごめんください」
悠「あ……須美さん」
おれは正直、どう声をかけていいのか分からなかった。須美さんは昨日、気を失ったまま試合場から救護室に運ばれた後、目を覚ますなりひとりで帰ってしまっていた。てっきり、もう顔を合わせることはないと思っていたのだけど……。
吉音「えっと、シオンさんにご用?」
須美「はい。シオン様に改めて剣の手ほどきをお願いしたく、参りました」
シオン「へぇ……あれだけ言われて、まだやる気なのか」
あれだけいった張本人が、さも他人事のような顔だ。その興味なさげな顔を、須美さんはまっすぐ見据える。
須美「わたしも兄も、ごっこ遊びなんかじゃありません。それを証明して見せます」
シオン「どうやって?」
須美「わたしの手で青龍軒を倒して、兄の仇を討つことで」
シオン「それが出来ると本気で思っているのか?」
須美「それはシオン様の教え方次第です」
シオン「言うじゃないか」
須美「……っ」
シオンの眼差しが険呑に細められる。須美さんは小さく呻きを漏らしたけれど、シオンから目をそらさずに、ひたとまっすぐ見据え続ける。やがて根負けしたように、シオンの目つきが緩んだ。
シオン「……いいだろう、教えてやる。ただし授業料として、夜は私の好きにさせてもらうぞ」
須美「はい……それも、覚悟の上です……」
須美さんは赤らめた目元を隠すように頷いた。なんだか全然、嫌そうじゃない。というかむしろ嬉しそう?
吉音「……ねえねえ、悠」
悠「あー?」
吉音「これって結局、どういうこと?」
悠「磁石のM極とS極は惹かれあう、ってことらしい」
吉音「ふぅん、そっか。さっぱりわかんないや」
悠「安心しろ。おれもだ」
今のおれに分かることは、せいぜい三つ。
一つ目は、これで万事収まるところに収まったらしいという事。
二つ目は、シオンからは女性を惹きつける何かが発散されているらしいこと。
そして三つ目は、これで完璧に、シオンがおれとの約束を忘れてくれたことだろうということだった。
……すこし惜しかったかな?