ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【7】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

悠「あのさ、須美さん。剣を教わりたいんなら、師匠……十兵衛さんに頼んだらどうかな?」

須美「……いいえ、それはできません。指南役には頼めない事情があるんです。」

須美さんは少しだけ口ごもったものの、そう答えた。そこにシオンが喰いつく。

シオン「指南役には知られたくない事情とやら、興味あるな。もったいぶらずに話してみろ。」

須美「はい……お二人は闘剣というのを知っていますか?」

悠「闘剣?」

須美さんがため息混じりに口にした言葉は、初めて耳にした言葉だ。隣を見ると、シオンも聞き覚えはないっぽい。

須美「闘剣というのは、学園の地下で行われている賭け試合のことです。兄とあの男……青龍軒はともに、闘剣のリングで戦う剣闘士でした」

シオン「なるほど、兄は賭け試合の選手か。公儀の指南役には頼れないわけだ。」

須美「はい……」

シオンの嘲笑めいた言葉に、須美さんは小さく頷いて続ける。

須美「兄だって強い剣士でしたけど、青龍軒の強さは別格で、一対一では賭けが成り立たないほどでした。そんなに強いのに、あの男は……兄を本土の病院送りにするまで打ちのめしたんです。そこまでしなくとも勝負はついていたのに!」

須美さんは悲痛な声をあげると、ぐっと唇を噛んだ。残念なことに、おれはこんなときにどう声をかけけるべきなのかが分からない。

シオン「つまり、おまえは青龍軒を再起不能にして、兄と同じ目に合わせたいんだな」

こんなときばかりは、シオンの無頓着さが羨ましい。

須美「え……あ、はい……再起不能とまではいかなくとも、せめて一矢報いたいんです」

シオン「なら、話しは簡単だ。さあ、行こうか」

と言いながら、シオンはすでに須美さんの手を取って外へ出ようとしている。

須美「え?いくって、どちらへ……?」

シオン「闘剣とやらの会場だ。私も参加する」

悠「はぁ!?何を言ってるんだよ、シオン!」

おれは咄嗟に手を伸ばして、出ていこうとするシオンの袖を掴んで引きとめた。

シオン「なんだよ、悠」

悠「賭け試合に出るだなんて、本気じゃないよな?」

シオン「本気さ。ちょうど退屈していたんだ。たまには心行くまで斬りまくるのも悪くない。」

悠「いや、悪いだろ」

シオン「ああ、勝てば賞金も出るんだろ?」

シオンはおれを無視して、須美さんに問いかける。

須美「ええ、それはもちろん」

シオン「ほら、悠。いいことづくめだ。」

悠「全然良くないだろ」

シオン「賞金は全額、お前にくれてやってもいいんだぞ。」

悠「マジすか」

一瞬、不覚にも顔がゆるんでしまった。しまったと思った時には、シオンはもうおれの手からするりと袖を引き抜いて、歩きだしていた。

その片手には、須美さんの手がしっかり握られている。

シオン「じゃあいこうか。案内、頼むよ」

須美「え、う……あ、いえ、私は剣の手ほどきをしていただきたいのでして……」

シオン「私がお前の剣になってやろうというんだ。断れると思うなよ、くっくっ」

須美「あ、うぅ……」

須美さんはシオンに引き摺られるようにして、外へと出ていった。

悠「はぁ……」

これはどうやら、止めるのは無理そうだ。おれは休業の札を表に出し、吉音への書置きを残すと、すぐにシオンを追いかけた。今月も売り上げが芳しくないのに、こんなに臨時休業して大丈夫なんだろうか……はぁ。
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