ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【7】
ー大江戸学園:路地裏ー
悠「おら、もう逃げられないぞ。観念しろ市松!」
市松「ちくしょう……ふざけやがってぇ……」
おれと長谷河さんに退路を断たれ、市松が歯嚙みする。余程慌てて逃げていたのか、着物ははだけ、懐から筒状の缶が見えていた。
平良「今日はそのスプレー缶で落書きでもしようと考えていたのか……本当に反省していなかったようだな。先日見逃した時から、お前には監視を着けていた。自由を許してやったとはいえ、それでマークされなくなると考えるのは少々浅はかだな」
市松「俺の事は不問になったんじゃなかったのかよ!」
平良「お前が大人しく反省し、真面目に暮らしていればすぐに監視もといてやったさ。だが、お前はまた、同じことを繰り返した……次はないと、行ったはずだ。」
市松「うるせぇ……うるせぇうるせぇぇぇっ!」
市松は懐から隠し持っていた小刀を抜きだすと、威嚇するようにこちらに突き付けた。
悠「おいっ、やめろよ。」
市松「うるせぇ、どいつもこいつも馬鹿にしやがって……偉そうに見下してんじゃねぇよっ!ちょっと生まれが違うだけじゃねぇか!俺もお前達も同じ学生で!なにも変わりはしない!それなのに権力振りかざしやがって……お前らも、お前らに尻尾を振る連中も皆最低のクソ野郎だ!」
悠「市松……お前っ!」
市松「見逃してやっただぁ?誰もそんなこと頼んじゃいねぇんだよ!誰もが甘い顔されただけでこびへつらうと思ったら大間違いだっ!俺はそんな腰ぬけじゃないっ!俺は絶対に、お前らには従わないっ!」
平良「……いいたいことはそれだけか?」
市松「なんだとっ!」
平良「確かにお前のいうことも一理ある。実力の伴わないものが権力を持ち、一般生徒を虐げる……それはこの学園の悪習として根強い。化等を預かる私としても、頭の痛い問題だ。しかしその一方で、努力し実力さえ認められれば上にも行ける。それがこの学園だ。貴様は欲しいものをねだり、駄々をこねる子供だ。いや、まだ子供の方がましか……肥大過ぎた自尊心を満たすためだけに、周囲へ害悪を振りまき、屁理屈をこねて自分を正当化する。くだらない妬みにとらわれ、自分を磨こうともしない。そんな人間に、世界が微笑んでくれるものか!」
市松「黙れよ……黙れ黙れぇッ!」
追い詰められた市松が小刀を振りまわしながら長谷河さんに迫る。
平良「馬鹿者が……」
市松「うおぉぉぉぉおおっ!」
平良「はあぁぁぁっ!」
市松「ち、ちくしょう……」
平良「無理に粋がってみたところで、何も変わりはしない。良い結果なんか得られないんだよ。」
悠「……」
小刀を弾き、一撃に切り捨てた市松に、長谷河さんが呟く。その表情には憂いの色が見え、長谷河さんの内に秘めた思いを物語っているようだった。痛みの中で意識をもうろうとさせている市松に、その言葉は届いたのだろうか。
平良「さて、とりあえず養生所まで運んでやるか……じゃあ、悠、よろしく」
悠「ええっ?おれが運ぶの?」
平良「他に誰が運ぶんだ?ここには男ではお前しかいないだろう?それとも、女の私に運べと、悠はそういうのか?」
悠「わかりましたよ……」
おれは気絶した市松を抱えると、長谷河さんと一緒にかなうさんの養生所に向かった。
こうして、番屋へのイタズラ事件はようやく幕を降ろした。事の顛末は、おれと長谷河さんを含む一部の火盗しか知らない。
ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー
あれから数日が経ったある日、ウチの店に真留がやって来た。この間と同じように、番茶と団子を出してやる。
真留「うむむ……」
吉音「まるるー、どうしたの?お店に来てからずーっと眉間にしわ寄せちゃってさ」
真留「この間まで、番屋に何かと悪さをしていた人物がいたこと覚えてらっしゃいますか?」
吉音「うん、看板盗んじゃったりしちゃう人だよね」
真留「そうです!実は、このところ全然出て来なくなったんです」
吉音「そうなの?出て来ないってことはー、誰か捕まえちゃったのかな?」
真留「やっぱりそう考えますよね……そうなると火盗が動いたとしか……小鳥遊さん!このことについてなにか御存じありませんか!」
悠「さあ、知らないなぁ」
嘘だけど。
真留「本当ですか?」
悠「ホントホント」
真留「本当に本当に本当ですか!?」
悠「疑り深いな真留は……」
真留「うむぅ……そうですかぁ……小鳥遊さんも御存じないとなれば、真相は闇の中ですねぇ……」
そんなジト目でいわれても、説得力無いんですけど……。
吉音「まあまあ、事件が起こらないならそれでいいんじゃないかな?お団子食べて落ちつこうよ」
真留「ふぅ、それもそうですね……んんー、おいしいですねぇお団子」
吉音に促され、真留が団子を口に運ぶ。口の中に広がる甘さで、一瞬にして表情がほころんだ。
吉音「おいしいよねぇ悠のお団子は。何個でも食べられちゃう!」
おい待て、お前の分は出した覚えないぞ吉音。……まあいいか、真留の追及を逸らしてくれたし。岡っ引きという自分の役目に一生懸命な真留。真面目で少し融通がきかないところは有るけど、市松のいうような高慢さは感じられない。それでも、おれが知らないだけで、市松のいうような高慢な人間がいるのもまた事実なんだろうな。
長谷河さんが見せた表情の意味も気になる。学園に来て間が無いおれにはまだ実感はないけど、一般生徒と特権を持つ役職や名家の生徒との隔たり。自由を歌う校風の内側に存在する、権力主義。矛盾した仕組み。この問題って、おれが思ってる以上に根が深いのかもな。
悠「おら、もう逃げられないぞ。観念しろ市松!」
市松「ちくしょう……ふざけやがってぇ……」
おれと長谷河さんに退路を断たれ、市松が歯嚙みする。余程慌てて逃げていたのか、着物ははだけ、懐から筒状の缶が見えていた。
平良「今日はそのスプレー缶で落書きでもしようと考えていたのか……本当に反省していなかったようだな。先日見逃した時から、お前には監視を着けていた。自由を許してやったとはいえ、それでマークされなくなると考えるのは少々浅はかだな」
市松「俺の事は不問になったんじゃなかったのかよ!」
平良「お前が大人しく反省し、真面目に暮らしていればすぐに監視もといてやったさ。だが、お前はまた、同じことを繰り返した……次はないと、行ったはずだ。」
市松「うるせぇ……うるせぇうるせぇぇぇっ!」
市松は懐から隠し持っていた小刀を抜きだすと、威嚇するようにこちらに突き付けた。
悠「おいっ、やめろよ。」
市松「うるせぇ、どいつもこいつも馬鹿にしやがって……偉そうに見下してんじゃねぇよっ!ちょっと生まれが違うだけじゃねぇか!俺もお前達も同じ学生で!なにも変わりはしない!それなのに権力振りかざしやがって……お前らも、お前らに尻尾を振る連中も皆最低のクソ野郎だ!」
悠「市松……お前っ!」
市松「見逃してやっただぁ?誰もそんなこと頼んじゃいねぇんだよ!誰もが甘い顔されただけでこびへつらうと思ったら大間違いだっ!俺はそんな腰ぬけじゃないっ!俺は絶対に、お前らには従わないっ!」
平良「……いいたいことはそれだけか?」
市松「なんだとっ!」
平良「確かにお前のいうことも一理ある。実力の伴わないものが権力を持ち、一般生徒を虐げる……それはこの学園の悪習として根強い。化等を預かる私としても、頭の痛い問題だ。しかしその一方で、努力し実力さえ認められれば上にも行ける。それがこの学園だ。貴様は欲しいものをねだり、駄々をこねる子供だ。いや、まだ子供の方がましか……肥大過ぎた自尊心を満たすためだけに、周囲へ害悪を振りまき、屁理屈をこねて自分を正当化する。くだらない妬みにとらわれ、自分を磨こうともしない。そんな人間に、世界が微笑んでくれるものか!」
市松「黙れよ……黙れ黙れぇッ!」
追い詰められた市松が小刀を振りまわしながら長谷河さんに迫る。
平良「馬鹿者が……」
市松「うおぉぉぉぉおおっ!」
平良「はあぁぁぁっ!」
市松「ち、ちくしょう……」
平良「無理に粋がってみたところで、何も変わりはしない。良い結果なんか得られないんだよ。」
悠「……」
小刀を弾き、一撃に切り捨てた市松に、長谷河さんが呟く。その表情には憂いの色が見え、長谷河さんの内に秘めた思いを物語っているようだった。痛みの中で意識をもうろうとさせている市松に、その言葉は届いたのだろうか。
平良「さて、とりあえず養生所まで運んでやるか……じゃあ、悠、よろしく」
悠「ええっ?おれが運ぶの?」
平良「他に誰が運ぶんだ?ここには男ではお前しかいないだろう?それとも、女の私に運べと、悠はそういうのか?」
悠「わかりましたよ……」
おれは気絶した市松を抱えると、長谷河さんと一緒にかなうさんの養生所に向かった。
こうして、番屋へのイタズラ事件はようやく幕を降ろした。事の顛末は、おれと長谷河さんを含む一部の火盗しか知らない。
ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー
あれから数日が経ったある日、ウチの店に真留がやって来た。この間と同じように、番茶と団子を出してやる。
真留「うむむ……」
吉音「まるるー、どうしたの?お店に来てからずーっと眉間にしわ寄せちゃってさ」
真留「この間まで、番屋に何かと悪さをしていた人物がいたこと覚えてらっしゃいますか?」
吉音「うん、看板盗んじゃったりしちゃう人だよね」
真留「そうです!実は、このところ全然出て来なくなったんです」
吉音「そうなの?出て来ないってことはー、誰か捕まえちゃったのかな?」
真留「やっぱりそう考えますよね……そうなると火盗が動いたとしか……小鳥遊さん!このことについてなにか御存じありませんか!」
悠「さあ、知らないなぁ」
嘘だけど。
真留「本当ですか?」
悠「ホントホント」
真留「本当に本当に本当ですか!?」
悠「疑り深いな真留は……」
真留「うむぅ……そうですかぁ……小鳥遊さんも御存じないとなれば、真相は闇の中ですねぇ……」
そんなジト目でいわれても、説得力無いんですけど……。
吉音「まあまあ、事件が起こらないならそれでいいんじゃないかな?お団子食べて落ちつこうよ」
真留「ふぅ、それもそうですね……んんー、おいしいですねぇお団子」
吉音に促され、真留が団子を口に運ぶ。口の中に広がる甘さで、一瞬にして表情がほころんだ。
吉音「おいしいよねぇ悠のお団子は。何個でも食べられちゃう!」
おい待て、お前の分は出した覚えないぞ吉音。……まあいいか、真留の追及を逸らしてくれたし。岡っ引きという自分の役目に一生懸命な真留。真面目で少し融通がきかないところは有るけど、市松のいうような高慢さは感じられない。それでも、おれが知らないだけで、市松のいうような高慢な人間がいるのもまた事実なんだろうな。
長谷河さんが見せた表情の意味も気になる。学園に来て間が無いおれにはまだ実感はないけど、一般生徒と特権を持つ役職や名家の生徒との隔たり。自由を歌う校風の内側に存在する、権力主義。矛盾した仕組み。この問題って、おれが思ってる以上に根が深いのかもな。