ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【6】
ーとある武家屋敷ー
酉居「長谷河、お遊びはそのくらいにしておけ」
平良「む……酉居か……」
桃子「え、酉居?おまえ、いつから火盗改になったんだ?」
酉居「阿呆が。俺は老中として、その与力を尋問しにきただけだ。こいつらは念のための護衛に過ぎん」
桃子「はっ!犬をお供に鬼退治ってか」
酉居「おまえにしては上出来な言い回しだ。褒めてやる。」
桃子「お前に褒められても嬉しくねぇよ」
酉居「なら黙ってろ。俺は忙しいんだ。長谷河、おまえも何している。早くそこの与力どもをひっ立てろ」
平良「……良いだろう」
長谷河さんはそれだけ言うと、部下のひとたちを連れて倒れている連中の方へと向かっていった。これは……見逃してもらえた、ということなのか?
酉居「さて、そういうわけだ。おまえたちもとっとと帰って寝ろ」
桃子「あたいらを見逃してくれるってか?」
酉居「馬鹿か。もう一度言うが、俺は忙しいんだ。お前ら如きに関わっている暇はないんだ。それだけだ」
桃子「……借りたとは思わないからな」
酉居「間違えるな。こいつは貸しじゃない、施しだ」
桃子「んっだとぉ!!」
鬼島さんが声を荒げたけれど、酉居はもう返事をせずに、長谷河さん達のほうへといってしまった。
悠「……」
桃子「言い逃げかよっ……ほんとっムカつく野郎だ!」
悠「まあまあ、鬼島さん。とにかく、見逃してもらったんだし、ここは大人しく帰りましょうや」
桃子「……まっ、そうだな。とりあえず、放火の恨みは晴らしたし、帰って寝なおすか」
悠「そうしよう。おれも眠たいし」
桃子「なんなら、一緒に寝るか?」
悠「嬉しい誘いですが、遠慮しときます。鬼島さん、寝相悪そうだし」
桃子「あっはっは、よく分かってるじゃねえか」
悠「ははは」
大笑いする鬼島さんは、もう放火のことも酉居のことも忘れているかのようだった。
ー長屋ー
放火騒ぎや、武家屋敷での大立ち回り、火盗改めや酉居とのやりとり……そんなことがあった数日後。
桃子「そっかぁ、やっぱり取り壊されちゃうのか」
想「ええ……申し訳ありませんが……」
桃子「いんや、仕方ないさ。うちがボロなのは事実なんだし」
悠「……」
鬼島さんはあっけらかんと笑っている。放火騒ぎの翌日には視察の手が入って、保全部与力と同心一名の横領行為が明らかにされた。取り壊しの決まっている長屋の分なら、備品や費用を横領しても露見するまい、と高をくくっていたらしい。そんな企みも、住人への通達を忘れるという彼ら自身の怠慢によって発覚したわけだ。自業自得の見本みたいな話しだ、まったく。
桃子「まっ、あたいたちとしちゃ、工事を夏休みまで待ってもらえるだけで御の字さ」
そう保全部与力の横領は、長屋の建て替え計画に便乗してのことだった。つまり、不正は糺されたけれど、建て替え計画が白紙になったわけではなかった。少しだけ無常感のようなものを感じるけれど、安全を考えれば仕方ないことだと思う。
悠「それにしても……鬼島さん、あの与力が横領していたこと、よく分かりましたね」
おれはずっと気になっていたことを聞いてみた。
桃子「……は?なんの話しだ?」
悠「いや、鬼島さんは酉居より早く、あの保全部与力が横領していたって気がついたわけじゃないか、それってすごいですよ。どうして分かったんですか?」
桃子「あたいはただ、放火の恨みを晴らしにいっただけだぜ」
悠「あー……?」
桃子「放火野郎がうちの管理人だってのは、顔が見えた時に分かったからな。んで、あいつが放火なんて大それたことを自分でやるとは思えないから、まあ黒幕は上司のほうかなぁ、と」
悠「で、でも……あのとき、与力に向かって、不正を働き私服を肥やしてとかなんとか言ってたじゃないですか」
桃子「ん?あぁ、あれか。あれは魔法の言葉なんだ」
悠「魔法……?」
桃子「フセー、シフク、オーリョーとか適当に唱えてやると、向こうから勝手に喋り始めるんだ。便利だぜー」
悠「そ、そうですか……凄いっすね、色々な意味で……」
きっと、鬼島さんじゃなきゃ使えない魔法だろうな。
桃子「おっと、お奉行様の前でする話しじゃねぇな」
想「……ともかく、今回はご迷惑をおかけしました」
肩をすくめた鬼島さんに、逢岡さんも苦笑で答える。
悠「ともかく、これにて一件落着ってわけですね」
桃子「そういうこった。今日もお江戸は日本晴れってな」
鬼島さんは一笑いすると、腰を捻りながら大きく伸びをした。
バギッ
悠「え?」
桃子「あっ」
伸びをした拍子に、腰の金棒がいい音をさせて長屋の柱に当たった。
悠「うっ、うわぁっ!?」
相当弱っていたのか、柱はあっさり折れて、長屋全体がこっちに傾いてくる!?
桃子「うおっとぉ!!どっせえぇっ!!」
悠「うぁ……」
鬼島さんは倒れてくめ長屋の壁を両手で押さえたかと思うと、そのまま押し返してしまった。どんな怪力なんだ、この人は!?
桃子「いやぁ、危なかったなぁ。けど、セーフかアウトかで言ったらギリでセーフだよな?」
悠「い、いや、ええと……ああ、もう何でもいいです」
想「この長屋、夏までもつでしょうか……」
桃子「大丈夫だって。また倒れそうになったら、いまみたくあたいが押し返してやるし」
鬼島さんは、冗談としか思いたくないことをいって、わっはっはと大笑いしている。
悠「……はぁ」
想「……はぁ」
図らずも重なったおれと逢岡さんの溜息が、快晴の空に呑みこまれていくのだった。
酉居「長谷河、お遊びはそのくらいにしておけ」
平良「む……酉居か……」
桃子「え、酉居?おまえ、いつから火盗改になったんだ?」
酉居「阿呆が。俺は老中として、その与力を尋問しにきただけだ。こいつらは念のための護衛に過ぎん」
桃子「はっ!犬をお供に鬼退治ってか」
酉居「おまえにしては上出来な言い回しだ。褒めてやる。」
桃子「お前に褒められても嬉しくねぇよ」
酉居「なら黙ってろ。俺は忙しいんだ。長谷河、おまえも何している。早くそこの与力どもをひっ立てろ」
平良「……良いだろう」
長谷河さんはそれだけ言うと、部下のひとたちを連れて倒れている連中の方へと向かっていった。これは……見逃してもらえた、ということなのか?
酉居「さて、そういうわけだ。おまえたちもとっとと帰って寝ろ」
桃子「あたいらを見逃してくれるってか?」
酉居「馬鹿か。もう一度言うが、俺は忙しいんだ。お前ら如きに関わっている暇はないんだ。それだけだ」
桃子「……借りたとは思わないからな」
酉居「間違えるな。こいつは貸しじゃない、施しだ」
桃子「んっだとぉ!!」
鬼島さんが声を荒げたけれど、酉居はもう返事をせずに、長谷河さん達のほうへといってしまった。
悠「……」
桃子「言い逃げかよっ……ほんとっムカつく野郎だ!」
悠「まあまあ、鬼島さん。とにかく、見逃してもらったんだし、ここは大人しく帰りましょうや」
桃子「……まっ、そうだな。とりあえず、放火の恨みは晴らしたし、帰って寝なおすか」
悠「そうしよう。おれも眠たいし」
桃子「なんなら、一緒に寝るか?」
悠「嬉しい誘いですが、遠慮しときます。鬼島さん、寝相悪そうだし」
桃子「あっはっは、よく分かってるじゃねえか」
悠「ははは」
大笑いする鬼島さんは、もう放火のことも酉居のことも忘れているかのようだった。
ー長屋ー
放火騒ぎや、武家屋敷での大立ち回り、火盗改めや酉居とのやりとり……そんなことがあった数日後。
桃子「そっかぁ、やっぱり取り壊されちゃうのか」
想「ええ……申し訳ありませんが……」
桃子「いんや、仕方ないさ。うちがボロなのは事実なんだし」
悠「……」
鬼島さんはあっけらかんと笑っている。放火騒ぎの翌日には視察の手が入って、保全部与力と同心一名の横領行為が明らかにされた。取り壊しの決まっている長屋の分なら、備品や費用を横領しても露見するまい、と高をくくっていたらしい。そんな企みも、住人への通達を忘れるという彼ら自身の怠慢によって発覚したわけだ。自業自得の見本みたいな話しだ、まったく。
桃子「まっ、あたいたちとしちゃ、工事を夏休みまで待ってもらえるだけで御の字さ」
そう保全部与力の横領は、長屋の建て替え計画に便乗してのことだった。つまり、不正は糺されたけれど、建て替え計画が白紙になったわけではなかった。少しだけ無常感のようなものを感じるけれど、安全を考えれば仕方ないことだと思う。
悠「それにしても……鬼島さん、あの与力が横領していたこと、よく分かりましたね」
おれはずっと気になっていたことを聞いてみた。
桃子「……は?なんの話しだ?」
悠「いや、鬼島さんは酉居より早く、あの保全部与力が横領していたって気がついたわけじゃないか、それってすごいですよ。どうして分かったんですか?」
桃子「あたいはただ、放火の恨みを晴らしにいっただけだぜ」
悠「あー……?」
桃子「放火野郎がうちの管理人だってのは、顔が見えた時に分かったからな。んで、あいつが放火なんて大それたことを自分でやるとは思えないから、まあ黒幕は上司のほうかなぁ、と」
悠「で、でも……あのとき、与力に向かって、不正を働き私服を肥やしてとかなんとか言ってたじゃないですか」
桃子「ん?あぁ、あれか。あれは魔法の言葉なんだ」
悠「魔法……?」
桃子「フセー、シフク、オーリョーとか適当に唱えてやると、向こうから勝手に喋り始めるんだ。便利だぜー」
悠「そ、そうですか……凄いっすね、色々な意味で……」
きっと、鬼島さんじゃなきゃ使えない魔法だろうな。
桃子「おっと、お奉行様の前でする話しじゃねぇな」
想「……ともかく、今回はご迷惑をおかけしました」
肩をすくめた鬼島さんに、逢岡さんも苦笑で答える。
悠「ともかく、これにて一件落着ってわけですね」
桃子「そういうこった。今日もお江戸は日本晴れってな」
鬼島さんは一笑いすると、腰を捻りながら大きく伸びをした。
バギッ
悠「え?」
桃子「あっ」
伸びをした拍子に、腰の金棒がいい音をさせて長屋の柱に当たった。
悠「うっ、うわぁっ!?」
相当弱っていたのか、柱はあっさり折れて、長屋全体がこっちに傾いてくる!?
桃子「うおっとぉ!!どっせえぇっ!!」
悠「うぁ……」
鬼島さんは倒れてくめ長屋の壁を両手で押さえたかと思うと、そのまま押し返してしまった。どんな怪力なんだ、この人は!?
桃子「いやぁ、危なかったなぁ。けど、セーフかアウトかで言ったらギリでセーフだよな?」
悠「い、いや、ええと……ああ、もう何でもいいです」
想「この長屋、夏までもつでしょうか……」
桃子「大丈夫だって。また倒れそうになったら、いまみたくあたいが押し返してやるし」
鬼島さんは、冗談としか思いたくないことをいって、わっはっはと大笑いしている。
悠「……はぁ」
想「……はぁ」
図らずも重なったおれと逢岡さんの溜息が、快晴の空に呑みこまれていくのだった。