ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【6】

ーかなうの養生所ー

悠「それでなんにもせずに帰ってきたんですか?」

かなう「なんだその驚いた、びっくりしたって顔は」

吉音「だってぇ……」

かなう「お前ら、私をただの乱暴者だと思っているだろう」

悠「あーいや、そういうわけじゃないんですけど……、かなうさんがなにもしないんでねえ……」

かなう「悠……あのいけすかない野郎の代わりにどうにかされたいって面だなぁ」

悠「うわ、勘弁してくださいっ」

かなう「ふん。で、報告だって?なんだ、私は奉行所の仕事とは関係ないだろう」

悠「いえ、その大隅ってやつにやられた河内って生徒のことなんすよ。一応報告しておこうと思って」

かなうさんは口まで持ち上げて大徳利を降ろしておれの方に視線を戻した。おれは訴状の内容と、河内たちの様子を話した。

かなう「ふうぅ……む」

かなうさんは苦い表情だ。

悠「……」

かなう「確かに、お前の言うことは正しいがな。悠。そもそもは、あの偉ぶった馬鹿どもが悪さをしなけりゃ、こんなことにはならなかったんだ」

悠「それはもちろんそうです。帯刀者がなにをしてもいいなんてことは絶対にない。」

かなう「その通りだ。……ったく、どうしてあの連中はあんなにもいけすかねえんだろなあ」

そういって、まずいものを食べた後の口直しをするみたいに大徳利からイチゴミルクを飲むかなうさんだった。

男子生徒B「たいへんだ、たいへんだっ」

そこへ男子生徒が慌てた様子で養生所に上がり込んできた。

かなう「なにが大変だってんだ。豆腐の角であざでもこさえたか?」

男子生徒B「ふざけてる場合じゃねえよ、先生。そこの通りで喧嘩だ。えらい人数だぜ、戦線の出番になりそうだぜ?」

かなう「なんだと?どいつもこいつも、暴れ飽きるってことをしらねぇのか。おいどこの通りだ、案内しろ。」

男子生徒は「そうこなくちゃ!」とかなうさんの案内を買って出た。おれたちもあとをついていく。



ー近くの通りー

おらー!てめー!やっちまえー!
なんだ!きさまら!このーっ!!

悠「うわぁ……」

吉音「すごい騒ぎだねえ」

案内された通りは凄いことになっていた。大勢の生徒が入り乱れての乱闘状態だ。いったいなにがどうなっているのか、ひと目ではわからないほど混乱している。だがよく見てみると、乱闘しているのはどうやら二つの集団らしい。片方の人数が圧倒的に多い。もう片方側のほうが
喧嘩慣れしているようだったが、いかんせん多勢に無勢。2、3人殴り倒している間に、ほかの5任に飛びかかられて引きずり倒されてしまう。

悠「こいつは……」

吉音「あー。またやられたっ。どうしよう、悠」

悠「どうしようっていっても……。止めるとなったら、話し合いって訳にはいかなさそうだぞ。それに……」

おれは乱闘の一角……いちばん人の集まっているあたりを指差した。

吉音「ん?…ン手あ、あれって……」

大勢の生徒がひとりを飛び囲んで袋叩きにしている。取り囲んでいるのは全員一般生徒だろう。そしておられているのは……。

かなう「大隅じゃねえか」

悠「そのようですね……」

もちろん、というべきか。大隅を袋だたきにしている連中のなかには河内の姿もあった。あの怪我で、よくもまあ動けるものだ。

大隅「やっ、やめろっ。がっ、やめないかっ!うわあっ」

河内「思い知れ!思い知れ!」

大隅「やめ……やめてくれ、助けてっ。ひいっ、ひいいっ!助けてぇっ」

吉音「あーあ。ねえ、あのままだと死んじゃうよ」

悠「だな。アイツらを人殺しにするわけにもいかん。いきましょう、かなうさん」

かなう「……」

悠「かなうさん?」

かなう「……放っときゃあいいんだよ。さんざん威張り散らした報いを受けりゃあいいのさ」

悠「かなうさん!目のまえに怪我人がいるんですよ!」

かなう「私は、いつでもあっという間に医者が飛んでくる偉ぶった奴らのために養生所をやってるわけじゃあない」

腕を組んでむっつりしたかなうさんは、意外にも普段よりずっと幼く見えた。

悠「……」

かなう「頼んでも拝んでも、医者に診てもらうこともできない生徒たちのためだ。偉ぶった奴らにいつも足蹴にされている連中のためなんだぞ」

悠「だからって……一般生徒たちだけ治療するって言うんなら、刀持ちだけを治療するほかの医者と同じだろ!刀舟斎かなう!それでいいのか!」

かなう「…………わかったよ。行けばいいんだろう」

悠「かなう、さん……」

かなう「ちっ。お前の言うことはいいち正しいんだよ、むかつく野郎だよ。まったく。」

悠「すみません」

かなう「うるせえ、いくぞ!」

おれたちは苦労して双方を引きはがして、乱闘を収めることが出来た。途中2、3人ぶん殴ったようなきがするが……まあそれは仕方ない。そのごかなうさんに怪我の治療をされた大隅ら帯刀者たちは、ずっとむっつり黙ったままだった。



ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

吉音「ねえ、結局想ちゃんにはなんにも言わずじまいだったけど、よかったのかなあ」

悠「うーん。ああなっちゃ、どちらかのやったことを報告すれば、もう片方も報告しないわけにはいかなくなるしなあ。結局、力で相手を言うなりにしようといるって点じゃ、どっちもどっちさ」

おれは店先を掃く手を止めて、ほうきにあごを乗せた。

吉音「そんなものかなあ……」

悠「お互い痛い目を見て、少しは反省してくれればいいけどね。まあもしまだなにかするようなら……」

吉音「今度はあたしが全員ぶん殴って……!」

悠「……そうならないように願いたいね!」

吉音は大いに不満そうだった。が、おれとしては、誰かをぶん殴るための力なんて、なくて済むならその方がいいと思っていた。
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