ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【6】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

悠「おれも結構気に入ってるんだ。このお茶」

越後屋「自分で気にいってない商品を店に出す人はおまへん」

悠「ああ、そうかよ……」

ちょっと自慢しただけなのに叱られたよ。本当に商売に関してはうるさい奴だな。こいつは。そして越後屋はもう一口ぐっと茶を飲むとにっこりと笑った。

越後屋「これはなかなかのお味や」

悠「……」

今度は余計なことは言わずこちららも微笑み返すだけにしておこう。頭を下げて店内に戻ろうとすると今度は越後屋が余計なことを言いだした。

越後屋「でもウチで扱こうてる茶葉に変えたらもっとよくなるなぁ」

悠「あー?」

越後屋「小鳥遊堂はん。もちろんお勉強させていただきますえ?安心信頼の品質管理と在庫管理で市場価格の5%引き。消費税分もサービスします。」

ケチくせぇ!勉強するとかいってるんだからもっとお得感の出る割引をして欲しい。

悠「えーっと。驚くほど安いって事もなさそうだな」

言外にもっとまけろと念を送りつつを出していってみる。

越後屋「ウチが無理をしてもその分のコストは必ず商品に帰ってきます。誰もええことおまへん。ええもん仕入れたかったらそれだけのコストを支払う。当然のことや。お値段そのままでモノだけ良くなる……なんてことはおまへん。必ずどこかでその歪みがまわるもんや」

どうやら知り合いだからといってまけてくれる気は毛頭なさそうだ。むしろ『いいもの』であるから高く買えといい出しかねんな。

悠「なるほどな。……っか、そうなると、割引はともかく、良いものを謳ってるからにはそれなりのお値段になるんだろうな?」

越後屋「当たり前やん。美味しさはウチの折り紙つきやで」

そういってにやっと笑う越後屋。

悠「なんでも商売に繋ぎやがっ……て?」

思わず釘付けになるおれの視線。

越後屋「小鳥遊さん、どこを見てはるんですか?ウチ、真剣な話しをしてるんやけど?」

悠「いや、だって……絶対おれに見せようとして足を組み替えてるって!」

越後屋「当たり前やないの、持ってる武器は使わな損やもん。パンツ見せるだけで、商売の交渉事がスムーズに進むんやったら安いもんや。なんたって元手ゼロやしな」

悠「あいかわらずしたたかだなぁ……」

越後屋「おおきに。褒め言葉やと受け取っときます~」

こんな見え見えの色仕掛けに乗ってたまるか。おれは越後屋から視線をはがしながら答える。

悠「せっかくの提案だけど、ウチは気軽に立ち寄れる茶店で十分だ。身の丈に合ったお茶でやらせてもらうよ」

越後屋「ほーでっか……。残念やなぁ」

やれやれ、つまらない奴、とでも思ったのか相当残念そうな顔を見せる越後屋。なんだかおれが悪いみたいじゃないか。勘弁してくれ。適正価格が大切なのは分かるが、赤の他人はともかく知り合いにまでその金額でとかどれだけけちなんだよ。こいつの目には世の中の全てがお金に見えてるに違いない。……と、その時、越後屋の着物の裾が彼女の皿を引っ掛けた。

悠「あっ……」

落下していく皿に視線を奪われるおれたち三人。見守るだけのおれと越後屋をわき目に一人、動いたのは佐東さんだった。

はじめ「!」

目にもとまらぬ早業で手を伸ばし皿ごと団子を受け止める。越後屋の団子とうちの皿を守った佐東さんはそれを越後屋に差し出し、にこりとほほえむと……べちゃ。

悠「え?」

越後屋「!」

はじめ「……ぁ……」

守った越後屋の団子ではないもうひとつの団子。見ると串にささった団子が地面に落下していた。それは佐東さんの手にあったはずの団子だった。どうやら越後屋の皿を救おうとして思わず手を放してしまった様だ。がっくりと肩を落とす佐東さん。何も言わずに黙っているのがかえって悲しみを誘う。

悠「佐東さん、今……」

もうひとつ持ってくるよ、と言いかけたその時、越後屋がすっと自分の皿を差し出した。

越後屋「はじめ、かんにんな。よかったらそれ貰ってや」

なんだって?越後屋が人に自分のものを差し出すなんて……。おれは耳を疑った。

はじめ「でも……」

越後屋「もともと不注意やったんはウチや。はじめが割を食う必要はあらへん」

はじめ「…………」

じっと越後屋の方へ顔を向ける佐東さん。見つめ返す越後屋。空気は壊してはいけない気がしておれは二人の傍らから動けないでいた。

越後屋「食べて」

はじめ「……ありがとう」

越後屋にこんな一面があったなんて……。おれは珍しいものを見た様な気分になってなぜか嬉しい気持ちになっていた。
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