ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【6】

ー堂鳩の屋敷ー

堂鳩「いつも大事に胸ポケットにいれてありますから、落とすわけがないんです」

菓子メーカー、堂鳩の主人、堂鳩重義はそうおれ達に訴えた。堂鳩は、一応自分で店舗も開いているが、自分の工房で作った菓子を、ほかの店にも下ろしている。が、その量は少なく、何処の店でもいつもあっという間に売り切れてしまうのだそうだ。……と、由佳里が教えてくれた。勢いでついてこられてしまったが、今回の一見には由佳里の知識が役立つかもしれない。

悠「ううむ」

吉音「そのなくなった手帳に、新しいお菓子のレシピが書いてあったのね」

堂鳩「その通りです。いったい誰がこんなことを……」

堂鳩はあまり押しの強そうには見えないタイプの男だが、いまはすっかり憔悴してさらに陰鬱に見える。

悠「おとしたりなくとたりするはずない、となると、内部の者の仕業、ということも考えられますが……」

堂鳩「内部といっても……」

由佳里「堂鳩さんはご主人ひとりで、製造から販売までやってるんですよね。だからいっつも品薄で」

吉音と由佳里は堂鳩が出した菓子を端からパクついている。くそ、おれだって食べたいのに。

堂鳩「さすが、お奉行さま方。お詳しいですね。その通りです。うちはなにからなにまで私ひとりで……」

悠「とすると、内部犯行説も無しか、堂鳩さんに心当たりはないんですか?」

堂鳩「犯人の、ですか?いやさっぱり……いったい誰がこんなひどいことを……」

そういってがっくりと肩を落とす。

由佳里「……これおいしいっ。この『フワぽんぽん』、品切れで1回しか食べれなかったんだよねぇ。堂鳩さん、これおかわりありますか?」

吉音「あたしも!」

堂鳩「あ、はいはいただいま……」

ふたりにお代りをせがまれて、堂鳩がよっこらせと立ち上がる。

悠「おまえらっ!す、すいません……」

恐縮するおれに堂鳩はにっこり笑う。その笑顔にももうひとつ力がなかった。

堂鳩「いいんですよ。うちの菓子をおいしいと言ってくれる人はみんな大事なお客様です。悠さんもどうぞ」

ここまでいわれて手をつけないのも申し訳ない。おれはお代りとして出された『フワぽんぽん』をつまんだ。

悠「はぁ……ありがとうございます……ん、んまい!」

由佳里「でしょお~」

両手でひょいぱく菓子をつまみながら、由佳里が満面で笑う。

悠「ああ、うまいわこれ」

由佳里「ふわっとした食感と、口の中で跳ねるような刺激、生地の練り具合と焼き加減が絶妙でないとこうはいきません。さすがは自社生産」

堂鳩「ありがとうございます。でも、そろそろ全部を自分のところでやるのも大変になって来たので……次の新商品は、どこか向上をお借りしようと思っていたところなんです。私が直接作らなくても、きちんと味が保てる、いいレシピを思いついた……と思ったんですが……」

悠「そうそう。それで思ったんですが、その手帳に書いていたレシピ、ご自身では覚えていないんですか?」

堂鳩「はあ……それが、ついうっかり……」

由佳里「わかりますー!」

ふたりでうなずきあう堂鳩と由佳里。お菓子好きってのはみんなこうなんだろうか……いいや、禅っていう超例外が居た。あれにうっかりはない。

悠「ともかく、手帳の行方、さがしてみます」

堂鳩「お願いします!」




ー表通りー

悠「とはいったものの……。雲をつかむようなはなしだなぁ」

堂鳩を辞去したあと、おれは通りを歩きながら、空を仰いだ。堂鳩のレシピを書いた手帳となれば、菓子好きなら誰でも垂涎だ。犯人の可能性があるものが多すぎる。とはいえ、盗んでまでとなるとよくわからない。

吉音「でもなんとか見つけてあげないと」

由佳里「学園、スィーツ界の大事件です!」

吉音「いっぱいお菓子ごちそうになったし!」

悠「……まあな。じゃあまずは、可能性をしらみつぶしていくか」

吉音「可能性?」

悠「堂鳩さんはああいっていたが、もしかしたら落し物として届いているかもしれない」

吉音「ああ……」

悠「まずは奉行所に行ってみよう」

由佳里「そこで手帳が届いていないか確認するんですね!」
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