ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【6】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

今日は逢岡さんの立ち会いの下、目安箱の中を検める日である。最初は吉音が持ってきて、迷惑だと思ったものだけど……おれも染まってきているなぁ。柄にもなく、少しでも学園のために働ければ、なんて思ってしまってるんだから。鍵を外して蓋を開け、逆さにすると、ばらばらと封書や折りたたんだ紙が落ちてくる。

吉音「いつもとおんなじくらい?」

吉音が積み上がった当初の小さな山を覗きこむ。数えるのはこれからだが、確かにいつも通りな感じだ。

悠「ああ。学園の困りごとは、簡単には数が減らないってことだな」

想「そういうことですね。さて、見ていきましょうか」

悠「…………うーむ」

吉音「どしたの?」

悠「逢岡さん、吉音、これを……」

おれは投書の中の一通を二人に見せた。

想「どれどれ……『新商品として開発予定だった菓子のアイディアとレシピを書いた手帳が、盗まれてしまった』……ふーむ。差出人は……堂鳩重義……これはあの堂鳩の……」

悠「ですよね」

吉音「あの堂鳩って……?あ、もしかしてあのお菓子の?」

吉音にもようやくぴんと来たようだ。堂鳩といえば、学園でも有名な菓子メーカー。規模は大きくないが、新奇で、しかもおいしい菓子を造るので名前が知れている。

想「堂鳩の新しい菓子のレシピといえば、普通の家のレシピとは違います」

吉音「企業秘密だよね!」

悠「そういうことになるな。盗まれたというのが本当なら、これはれっきとした事件だ」

吉音「行ってみようよ、悠」

悠「なんだかやけに乗り気じゃないか?」

吉音「な、なにいってんの。いつもあたしは乗り気でしょ!別にお菓子が食べたいからとか……」

悠「あーはいはい、みなまでいわんでいい。じゃあ、逢岡さん、いってきます。」

想「お願いします」

そんなやりとりをしておれたちは小鳥遊堂をあとにした。

堂鳩の訴えがもし本当なら大事だが、事件性がはっきりしないうちは奉行所は動きづらい。こういうときこそ、おれ達の出番というわけだ。

吉音「おっかっし、おっかっしっ。んっふっふー」

いつでもせっかちな吉音だったが、今日は特にせっかちだ。おれの先に立って、スキップせんばかりの軽やかな足取りで堂鳩への道を歩いていく。

悠「少しも内心を隠す気がないな、お前……」

吉音「ん?なあにぃ~?」

そんな喜色満面に振り返られると突っ込む気力が失せる。

悠「なんでもないよ……なんでもないんだ」

由佳里「あっ、悠さん、新さ~ん!」

吉音「おー、ゆかりん!」

悠「ちぇき」

向こうから歩いて来たのは、こちらも相変わらず何が楽しいのかにこにこしながら八辺由佳里。

由佳里「御用の筋ですか?今回は一体どんな大事件が」

悠「いやいや、まだ事件になると決まったわけじゃないよ」

吉音「なぁにいってんの。大事件でしょ、堂鳩の新メニューがかかってるんだから」

悠「あ、こら、往来で声がデカイ」

まだ今回の一見は、事件になるかどうか、なったとしておおっぴらに探索ができるかどうかもわからないのだ。それに……。

由佳里「堂鳩の新メニュー!」

ほうら、案の定。由佳里が餌を嗅ぎつけた犬みたいな顔でおれを見ている。

悠「しょうがないなあ……、まだ秘密だぞ」

由佳里は光姫さんの手の者でもある。学内の事件とあれば、知っておいて貰ってもいいだろう。

由佳里「ほうほう……ふうん……それは一大事じゃありませんか。あの堂鳩のレシピを盗むなんて!」

悠「まあそうだな……うん」

由佳里「堂鳩の新商品といえば、学園のお菓子好きなら誰だって楽しみにしてるんですよ。それを盗むなんてひどい。不肖この八辺由佳里、お菓子好きのひとりとして、そんな悪事は許せません!さう行きましょう!」

悠「あー?」

吉音「よっし、行こう!」

悠「おいおいちょっと……」

由佳里「さあ、行きますよ!悠さん」

吉音「おいてっちゃうよ!」

悠「…………」

ふたりはおれを置いてどんどん先に行く。おれは小さく溜息をついて、ふたりのあとをついていった。
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