ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【5】
ー北町番所ー
八鳥「野次馬の言うことには、屋台の順番待ちで揉めていた連中を仲裁しようとしていたらしい」
吉音「さっきから何度もそういってるじゃないか!あたしは悪くないんだってばーっ!」
吉音は大声でわめいている。しょっ引かれたときからずっとこの調子で騒いでいたのだろう。北町同心はうんざりした顔をしている。
八鳥「まあ、怪我人が出たわけでもないし、相手にまったく非がなかったともいえんわけだが……この通り、捜査の非協力的な態度を取られていては、そうそう帰すわけにもいかんのだよ」
北町同心はおれの顔を見ながらいって、はぁと溜息を漏らす。その、どこか芝居がかった仕草に、おれは妙な居心地の悪さを感じながら、ともかく聞くべきことを聞いた。
悠「ええと……どうしたら、新は放免していただけるんでしょうか?」
八鳥「ふむ、それはなほれ……たとえば誠意を形にして見せてもらうとかだな」
悠「……あー?」
謎かけみたいな曖昧な言葉に聞き返すものの、同心は何も答えずに苛立たしげな顔でおれを見ているばかりだ。
往水「小鳥遊さん、小鳥遊さん。つまり、こういうことですよ」
戸惑っているおれに、中村が耳打ちしてきた。――かと思ったら、その手が止める間もなくするりとおれの懐に潜り込んで来て、財布を掬った。
悠「あー?何してんだをい?」
往水「そりゃもちろん、こうするんですよ」
と言いながら、中村は財布から千円札を一枚抜き取って、財布の方はおれに投げ返してきた。
悠「おっと、と」
おれが財布を受け止めている間に、中村はすすっと相手の同心に近づいて、小判を差し出していた。
往水「八鳥さん、今日もお務め、ご苦労様です」
八鳥「……まあ、中村の知り合いでもあるようだし、今回は大目に見てやろう。よし、帰っていいぞ」
吉音「えっ、いいの?」
それまでと態度をころっと一転させた同心に、吉音が驚いた顔をした。たぶん、おれも同じ顔だ。なんというか、この同心…………中村さんより露骨な気がする……。
八鳥「ほれ、何をしている。もう良いと言っているのだから、さっさと帰らんか」
さっはまで引き留めていたのが、いまは乱暴に背中を押して、さっさと帰れ、だ。そんな扱いをされれば、吉音が怒らないはずがない。
吉音「うわわっ、なにすんのさっ……むがっ」
同心に食ってかかろうとした吉音の襟首を、中村が後ろから掴んで引き留めた。
往水「まぁまぁ、新さん。帰っていいと仰ってくださってんですから、早く帰って団子でも食いましょうや。」
吉音「……三人前、食べてもいい?」
往水「もちろん。小鳥遊さんは太っ腹ですから」
えっ、おれが奢るのか……と思いはしたけれど、ここで吉音に駄々を捏ねられても困るので黙るしかない。きっと中村は、おれがこのタイミングで断れないと分かっていて言っているのに違いない。
吉音「悠、ほんと?」
悠「……ああ、本当だ。だから帰るぞ」
吉音「うん、早く帰ろうっ」
悠「うわっ……とと」
吉音はおれの袖を引っ張って、早くも走りだそうとする。まあ、こういう分かりやすさは嫌いじゃないけど。
往水「いやぁ、それにしても新さん、災難でしたね」
番屋から小鳥遊堂までの道すがら、中村がぶるっと猫背を震わせながら吉音に話しかける。
吉音「うん、もうほんっとに最悪だったよーっ!あたし、ただちょっと喧嘩を止めに入っただけなのにさぁ」
往水「ええ、そうでしょうとも。アタシは最初から、新さんの方から喧嘩ををふっかけたとは思ってませんでしたとも」
吉音「当ったり前だよ!」
往水「その当たり前が通用しないのが、あの八鳥佐外って同心なんですよ。なにかと難癖をつけちゃ袖の下をせびる、上には弱くて下には強い子役人の典型ってなヤツなんですよっ」
吉音「うっわぁ!なんて悪いやつなんだ!」
往水「そうなんですよ、まったく」
さっきの八鳥とかいう同心の話題で、二人は意気投合している。
悠「……まるで、中村の話しを聞いてるみたいだな」
おれのぼやきに吉音はまったく気づかずに、中村は気づかない振りを決め込んで話し続けるのだった。
八鳥「野次馬の言うことには、屋台の順番待ちで揉めていた連中を仲裁しようとしていたらしい」
吉音「さっきから何度もそういってるじゃないか!あたしは悪くないんだってばーっ!」
吉音は大声でわめいている。しょっ引かれたときからずっとこの調子で騒いでいたのだろう。北町同心はうんざりした顔をしている。
八鳥「まあ、怪我人が出たわけでもないし、相手にまったく非がなかったともいえんわけだが……この通り、捜査の非協力的な態度を取られていては、そうそう帰すわけにもいかんのだよ」
北町同心はおれの顔を見ながらいって、はぁと溜息を漏らす。その、どこか芝居がかった仕草に、おれは妙な居心地の悪さを感じながら、ともかく聞くべきことを聞いた。
悠「ええと……どうしたら、新は放免していただけるんでしょうか?」
八鳥「ふむ、それはなほれ……たとえば誠意を形にして見せてもらうとかだな」
悠「……あー?」
謎かけみたいな曖昧な言葉に聞き返すものの、同心は何も答えずに苛立たしげな顔でおれを見ているばかりだ。
往水「小鳥遊さん、小鳥遊さん。つまり、こういうことですよ」
戸惑っているおれに、中村が耳打ちしてきた。――かと思ったら、その手が止める間もなくするりとおれの懐に潜り込んで来て、財布を掬った。
悠「あー?何してんだをい?」
往水「そりゃもちろん、こうするんですよ」
と言いながら、中村は財布から千円札を一枚抜き取って、財布の方はおれに投げ返してきた。
悠「おっと、と」
おれが財布を受け止めている間に、中村はすすっと相手の同心に近づいて、小判を差し出していた。
往水「八鳥さん、今日もお務め、ご苦労様です」
八鳥「……まあ、中村の知り合いでもあるようだし、今回は大目に見てやろう。よし、帰っていいぞ」
吉音「えっ、いいの?」
それまでと態度をころっと一転させた同心に、吉音が驚いた顔をした。たぶん、おれも同じ顔だ。なんというか、この同心…………中村さんより露骨な気がする……。
八鳥「ほれ、何をしている。もう良いと言っているのだから、さっさと帰らんか」
さっはまで引き留めていたのが、いまは乱暴に背中を押して、さっさと帰れ、だ。そんな扱いをされれば、吉音が怒らないはずがない。
吉音「うわわっ、なにすんのさっ……むがっ」
同心に食ってかかろうとした吉音の襟首を、中村が後ろから掴んで引き留めた。
往水「まぁまぁ、新さん。帰っていいと仰ってくださってんですから、早く帰って団子でも食いましょうや。」
吉音「……三人前、食べてもいい?」
往水「もちろん。小鳥遊さんは太っ腹ですから」
えっ、おれが奢るのか……と思いはしたけれど、ここで吉音に駄々を捏ねられても困るので黙るしかない。きっと中村は、おれがこのタイミングで断れないと分かっていて言っているのに違いない。
吉音「悠、ほんと?」
悠「……ああ、本当だ。だから帰るぞ」
吉音「うん、早く帰ろうっ」
悠「うわっ……とと」
吉音はおれの袖を引っ張って、早くも走りだそうとする。まあ、こういう分かりやすさは嫌いじゃないけど。
往水「いやぁ、それにしても新さん、災難でしたね」
番屋から小鳥遊堂までの道すがら、中村がぶるっと猫背を震わせながら吉音に話しかける。
吉音「うん、もうほんっとに最悪だったよーっ!あたし、ただちょっと喧嘩を止めに入っただけなのにさぁ」
往水「ええ、そうでしょうとも。アタシは最初から、新さんの方から喧嘩ををふっかけたとは思ってませんでしたとも」
吉音「当ったり前だよ!」
往水「その当たり前が通用しないのが、あの八鳥佐外って同心なんですよ。なにかと難癖をつけちゃ袖の下をせびる、上には弱くて下には強い子役人の典型ってなヤツなんですよっ」
吉音「うっわぁ!なんて悪いやつなんだ!」
往水「そうなんですよ、まったく」
さっきの八鳥とかいう同心の話題で、二人は意気投合している。
悠「……まるで、中村の話しを聞いてるみたいだな」
おれのぼやきに吉音はまったく気づかずに、中村は気づかない振りを決め込んで話し続けるのだった。