ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【5】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

辰也「一也、もうあいつを……美波をこれ以上苦しめるのはやめよう」

一也「兄……さん?」

辰也「俺たちはこれまで三人で仲良くやってきた、これからだって今のままの関係で上手くやってけるはずさ、なぁ、そうだろ?」

一也「いいわけないだろうっ!!」

辰也「っ!?」

一也「兄さんはそれでもいいのかっ!このままずっと仲の良い幼なじみのままでいいのかよっ!誰かほかの男に美波をとれらてもいいのかっ!?兄さんだって……兄さんだって!美波のことがすきなんだろうっ!?」

辰也「一也……お前……」

一也「兄さんの本心なんて、とっくの昔から知ってたさ」

驚きに目を見張る辰也さんに、一也さんは唇を歪めて苦笑いする。

吉音「えぇえぇっ!?弟さんのこと、応援してたんじゃなかったのっ!」

悠「嘘も方便てやつだ。一也さんに遠慮してたんだろうな」

びっくりして目を白黒させる吉音に、声を潜めて説明してやった。

吉音「う、う~ん……それじゃあ、困っちゃうねぇ……」

悠「ふぅ……そうだよなぁ……」

揃って腕組みしたおれ達は、どうしたものかと眉間にしわを寄せて考え込んでしまう。

想「……では、おふたりで勝負をして勝った方が美波さんと付き合うことで、どうでしょう?」

そんな硬直した状況を、先ほどから無言で窺っていた逢岡さんが、軽く微笑みながら口を開いた。

一也「勝負……だって!?」

辰也「勝った方が……美波と付き合う?」

その意外な提案に、中杉兄弟はぽかんとして互いの顔を見合わせる。

想「愛とは惜しみなく奪うものとも言うでしょう?美波さんが欲しいのなら、戦って勝ち取る――それがもっとも単純で平等な決着のつけ方だと思いますが、いかがですか?」

逢岡さんらしからぬ強引な解決策に、聞き違いじゃなかったかとおれは耳を疑ってしまう。

吉音「うーん、なーんか想ちゃんらしくないよねぇ?」

悠「やっぱり、お前もそう思うか」

吉音「でも想ちゃんのことだから、きっと何か考えがあるんだよ」

特に心配もしていない様子で、うんうんと頷く吉音。それもそうかと思ってしまうのは、やはり逢岡さんの人徳ってやつなんだろう。

一也「……兄さん、僕と勝負してくれ」

辰也「断る。美波を賭けて勝負なんて冗談じゃない」

しばらく考え込んでいた一也さんが、真剣な表情で辰也さんに話しかける。辰也さんは不機嫌そうに一也さんを一瞥すると、苛立ちを露わにして吐き捨てた。

一也「嫌とは言わせないよ、兄さん。これは美波のことだけじゃない、僕は兄さんに勝たなきゃいけないんだ」

辰也「何のことだ?」

一也「兄さんには分からないよ。必死に手を伸ばしても届かない、そんな僕の惨めさなんてさ」

想「意外ですね。野球部のエースピッチャーで、行内でも人気者のあなたが、惨めさを感じているなんて」

口を挟んだ逢岡さんに視線向けると、一也さんは自嘲気味の笑みを浮かべる。

一也「辰也兄さんが本気を出せば、なんだって僕より上手くできるんです。野球だって、それに美波のことだってっ、それなのに兄さんはっ!」

辰也「分かった。お前の言う通りにするよ、一也」

興奮して捲し立てる一也さんを抑えるように、辰也さんが静かに口を開く。

辰也「それで、どうやってその勝負とやらをするんだ?」

一也「野球で勝負しよう。美波の夢は甲子園に行くことだ。だったら、それが出来る方が美波と付き合うべきだろう?」

吉音「……甲子園って何?」

すっかりとふたりの話しに没頭しているところに、不思議そうな顔をした吉音に尋ねられた。

悠「学生にとっての、野球の全国大会みたいなもんだよ」

吉音「おぉ、なるほどね~。よーするに野球の上手い方が勝ちってわけかぁ~」

悠「ま、そういうことだな」

しかし、恋愛相談から始まったはずなのに、いつの間にやら大事になってきた気がする。

辰也「……分かった」

一也「兄さんなら、そういってくれると思ってたよ」

辰也「…………」

一也「本気で勝負してくれよ?兄さん」

辰也「……ああ」

剥き出しの闘志をぶつける一也さんに対して、チッ屋さんは力なく頷くのみだった。
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