ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【5】

ー路地ー

悠「まぁでも、結局は無手になってからの勝ちだからなぁ。剣の腕はまだまだだよ」

シオン「そうか」

悠「それでも、丸く収まったし万事解決だな」

シオン「いや、まだおさまってないぞ」

悠「え?あっ、そうか……これからなんだよな。岡多が大変なのは……」

シオン「はぁ?そんなこと知るか。収まりがつかないのは、私の性欲だ。」

悠「……あー?」

シオン「悠、おまえはやはり面白いな。感心し過ぎて性欲が止まらないぞ」

そういいながら、シオンはもうおれの片袖を引っ張って歩きだそうとしている。

悠「いや、感心と性欲がどう結びつくのか分からないしっ」

おれが大きく袖を振って逃げると、シオンはおかしげに目を細めて微笑む。

シオン「あまり難しく考えるな。悠はさっきのように、刀を打ちこんでくれればいいだけなんだから」

悠「え……」

おれは一瞬、シオンがとても健全なことを考えていて、自分がとても恥ずかしい勘違いをしていたのかと思った。

シオン「悠は股間の刀を、私の鞘に納めてくれれば良いだけなんだから」

悠「そういう比喩かよ!上手だなコラ!」

シオン「もちろん、抜け落ちないように鍔際までしっかりと、な」

悠「ぶはっ!?」

変な声を出してしまったのは、しな垂れかかってきたシオンに耳朶(みみたぶ)をねとりと舐められたからだ。

シオン「ちゅるる……」

ちょっ……もう駄目、限界!

悠「っ……悪い!疲れたから帰る!シオンも早く帰って寝ろよ!」

シオン「悠は可愛いなぁ、あっはは」

悠「くそー、攻められるのは苦手だーーッ!」

おれはシオンの笑い声に見送られながら、我ながら情けない体たらくで逃げ出したのだった。





ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

あの夜から、辻斬りが出るという噂は聞かなくなった。岡多の処遇は長谷河さんの取り計らいで、師匠に一任されることになったそうだ。岡多が辻斬りしていた相手が全員、刀を佩いた生徒だったのも幸いだった。被害者たちも不名誉をさらすより内内に済ませることを望んだらしく、誰の名前も表には出てきていない。

輝「結局、辻斬りはもう終わっちゃったぽいねぇ。もうちょっと犯行を重ねてくれたら特定してやったのにぃ」

放課後をおれの店で駄弁って過ごしている輝が、甘味を突きながらぼやいている。

悠「別にいいじゃないか。辻斬りが出なくなったんなら、それでさ」

輝「そりゃそうなんだけど、せめて、シオンさんが下手人かどうかくらいは確かめたかったんだよね」

悠「あ……そういやあったな、そんな噂も」

輝「まっ、どうせいつものデタラメだろうけど、それなりに読者受けするんだよね」

悠「……読者の方でも、いつもデタラメだと思いながら面白がっている、か」

輝「ここも広いようで狭いところだからね。みんな娯楽に飢えているのっさ」

吉音「ねえねえ、悠」

話しこんでいるおれたちの横でまったりとお茶を啜っていた吉音が、不意に聞いて来た。

悠「あー?」

吉音「あのさぁ、辻斬りってなんの話し?」

悠「おいおい……目安箱に投書が入ってたの、一緒に見ただろ……」

吉音「え、そーだったっけ?」

悠「……うん。辻斬りが意外とセンセーショナルじゃないことは良く分かった」

輝「いやぁ、ここまで疎い人も珍しいかも……」

吉音「んーっと、褒められてる?」

なぜか嬉しそうな顔をする吉音に、おれも輝も、黙って頭を振るのだった。そうそう、岡多はいま、師匠から毎日、倒れるまで扱かれている。それでも、弱音ひとつ吐いてないのだから、相当根性のあるヤツだ。いま試合をしたら、きっともう勝てないだろうな。
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