ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【5】

ー路地ー

十兵衛「後ろ回し蹴り一本。小鳥遊の勝ちだ」

そう言い放ちながら暗がりから現れたのは、師匠の姿だった。

悠「師匠……えっ、どうしてここに……」

シオン「私が電話していたからに決まってるだろ」

十兵衛「シオンにな、岡多が接触してきたら電話してくれ、と頼んでおいたんだ」

悠「なんでそんなことを……」

十兵衛「最近どうも岡多の剣が荒くなったと思っていたところに、辻斬りの噂と、シオンが犯人だなんて噂までだ。そこまできたら、誰だって察しがつくというものだ」

師匠は肩をすくめて苦笑いする。っか、おれにはさっぱり分からなかったけど……。やっぱり真ん前から見てないと分かんないものだなトラブルは……なんて思っている間に、師匠はおれの傍らで蹲ったままの岡多へと歩み寄っていた。

悠「……」

十兵衛「岡多……」

岡多「っ……師匠……」

十兵衛「殺気を捨てられないなら、もつと殺気を込めろ……私はそう教えたな?」

岡多「はい……俺はだから、本気で殺すつもりで人を斬れるようになろうって……だから……」

十兵衛「だから、辻斬りをしていたと?」

岡多「……はい」

十兵衛「馬鹿者が!!」

岡多「……っ」

十兵衛「おまえは誰かを本気で殺そうというときに、いまから殺すぞ、と言いながら近づくのか?」

岡多「え……それは……」

十兵衛「本当に殺す気なら、寸前まで気づかれないように殺意を押しかくして近づくはずだ。殺しがたい相手をそれでも殺すために、己の殺意ほすら殺す意思……それを殺気と呼ぶのだ」

師匠の言葉に、岡多はへたりこんだ姿勢のまま顔だけを上げて、黙々と聞き入っている。

岡多「……」

十兵衛「殺気を込めろとは、殺意を秘めよ、という意味だ。真に殺気を得たいなら、殺意で遊ぶな。他人を斬るのではなく、自分を斬れるようになれ」

岡多「……そうしたら、俺は強くなれますか?」

十兵衛「なる。私が保証する」

師匠は力強くうなずいた。

岡多「師匠……っ……俺……俺は……っ……」

肩を震わせて嗚咽し始めた岡多の姿にはもう、さっきまでの鬼気迫る激しさはどこにも残っていなかった。それを見届けると、師匠は顔を上げて、シオンの方に向き直る。

十兵衛「というわけだ、シオン」

シオン「何が?」

十兵衛「今回のことは全て、私の教え方が至らなかったせいだ。責任は私に取らせてくれ」

シオン「どうでもいい。ただし、もう夜中に呼びだすな」

十兵衛「分かった。こんなことは二度と無いと約束しよう」

本当にどうでも良さそうなシオンに、師匠は大真面目に頷くのだった。



シオン「あふ……まったく、今夜は災難だったな」

シオンが欠伸混じりに呟いた。岡多と師匠は、連れだってこの場から立ち去っている。今夜のうちに火盗改の詰め所に出頭するのだそうだ。だから、いまこの場にいるのは、シオンとおれだけだ。

悠「あ……そうだ、シオン。助けに来てくれて感謝してる。ありがとうな」

結局はおれが闘わされる羽目になったけれど、夜更けに来てくれたことだけでも大いに感謝だ。

シオン「私は、おまえが私を差し置いて他の男と一夜を過ごすというのが気にくわなかっただけだ」

悠「そ、そうか。まあでも、感謝してるよ」

シオン「それはそうと、悠。少しは使えるようにんっていたじゃないか。感心したぞ」

悠「え、使える?」

シオン「剣のことだ。悠はああいう卑怯者が嫌いそうだから、怒りに任せてピンチに陥ると期待していたのに、残念だ」

悠「感心したのか残念だったのか、どっちだよ」

シオン「強いて言えば、感心のほうが強かったかもな」

微妙な言い方だったけれど、シオンの口から出た言葉だと考えると、結構なべた褒めではなかろうか。おー……なんだか照れるぞ。
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