ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【5】

ー路地ー

悠「……お願いします」

おれは抜いた剣を構えると、道場でするように礼をする。

岡多「うおおおおっ!!」

悠「ちょっ?!」

礼を何もなく襲いかかってきた岡多の初太刀を、おれはすんでのところで受け止めた。受けはしたものの、その重たい打ちこみに腕を持っていかれそうになる。いつかの稽古で試合したときと、まったく同じだ。ごり押しでめんどくさいヤツ。

岡多「おおおぉ!!」

悠「このっ……!」

さらに重たくて鋭い二撃目に、受け止めた腕が痺れるかと思った。

岡多「でえりゃあ!!」

悠「おっと……」

うーむ、マズイな……さっきから受けるのが精いっぱいで、こっちから撃ち返すだけの余裕がない。このままじゃじり貧だ……。

岡多「くそおぉっ!!どおして斬られないんだよ!早く斬られろよォ!!」

悠「っ……」

そういえば、そうだ。岡多の太刀は前よりもずっと重く鋭くなっている。そう感じるのに、おれは前と同じように受けられている。

岡多「くそくそくそぉっ!!」

剣をひとつ受けるたび、段々と分かってくる。岡多の剣はたしかに激しくなっているけれど、これは鋭いんじゃない。ただ荒々しいだけなんだ。剣をひとつあわせるたび、激しい感情が伝わってくる。太刀筋が見えてくる。だから、一合ごとに剣を合わせやすくなっていく。

悠「ふぅぅ……。」

岡多「うああぁ!!」

最初は剣を合わせるだけで精いっぱいだったのが、足捌きを交えて受け流せるようになってくる。打ちこみを受け流せば、体勢を崩すのはおれじゃなくて岡多のほうになる。

悠「ほいっ……と」

岡多「くっ……そおぉっ!!」

それでも、岡多は打ちこんでくるけれど、無理な体勢から腕だけで振られた一撃は、重くない。

悠「はっ!」

岡多「うおっ!?」

受け流し様、おれは体重を乗せて岡多の剣を押し退けて、間合いをとった。

悠「よし、分かったもういい。終わらせる」

おれは刀を地面に突き立て無手に構える。

岡多「ふざけてるのか貴様……死ねえぇぇ!!」

真正面からの打ちこみが来る。刃が振り下ろされる寸前、腰をひねり一回転して後ろ脚に岡多の水月を穿った。

悠「……」

岡多「ぐっ……ぁ……」

後ろ回し蹴り。まず刀の強力な斬撃に対し頭部を守らなければならない。だが、今のように追い詰められたとき迎え撃つには?とてつもなく早く強力な剣先を払ったり、ガードすることは困難なうえ悪くすれば腕も折られてしまうだろう。それでは相手から頭部を遠ざけかつ攻撃する手段……それが後ろ回し蹴りだ。

では、なぜ「後ろ」回し蹴りなのか?足は腕よりリーチがあるが通常の蹴りだと間合いの優位性はほとんどない。ウエイトを乗せた蹴りを打つには上体をあまり後傾しないのが基本。

実際、空手家がキックボクシングのリングに上がると蹴りに合わせられ、パンチを入れられる場面が非常に多い。

間合いで勝る剣から見れば格好の餌食だろう。しかし後ろ回し蹴りでは、上体は半身後傾で頭部は低く位置で出来る。たとえ打たれてもダメージをかなり軽減できる。この半身後傾の姿勢は掴みかかってくる相手には非常に脆いところを露呈してしまうが必ず打撃で来る相手に対して優位性を発揮する。

格闘中に相手に背を向ける……一見して非常にリスクを伴う技も時にこれ以上とない機があるのだ。
59/100ページ
スキ