ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【5】

ー廃寺ー

文「特にプログラミングに強い関心を持ち、孤児院にいる時も遊ぶのそっちのけで本とにらめっこです。ぶ厚い本を、何度憎いと思ったことか……」

悠「相手が本じゃ、さすがの文も太刀打ちできないか」

文「いえ、太刀打ちしたことはあるんですよ?文字どおりの意味で」

悠「文字どおりって、どうやって」

文「えいっ!……なんてね」

悠「……」

指を刀に見立てて一閃する。冗談なのか本当にしたのか、少しだけ恰好を崩す文からは読み取れない。ただただ、懐かしい時間を愛おしく思っていることだけが分かる。

文「でも本は、平然としたままでした」

悠「つまり、文の完敗と」

文「残念ながら。でも、兄が自分の好きなことに熱中出来ているなら、それでいいんです。……だから、今この状態が、とても許せないんです」

許せない、か。もちろん心配や不安という感情もあるんだろうけど、許せないという言い回しがどこか彼女らしいと思った。

悠「前にも聞いたけど、もう少し詳しい経緯を聞いてもいいか?」

文「あ、はい。といっても、大した話しではないんですが。兄は努力が実を結び、大江戸学園への入学を果たしました。それもかなりの上位成績者でその甲斐あって、学園側にもいい待遇で迎えてもらえたと手紙にありました。それからは研究のことばかり書く手紙が続いていましたが、しばらくしてからこんな内容が届きました。『ある女性のおかげで、重要なプロジェクトに参加できることになった』と」

悠「ある女性のおかげで……か」

文「文面からも兄の嬉しさが伝わって来たので、この時は私も単純に喜んでました。しかしそれを期に、手紙が一切届かなくなりました。不安に駆られた私は、学園側に問い合わせてみましたが、返事は……消息不明。そのひと言でした、目下調査中と告げられたまま、何の進展もなく時間だけが過ぎて行きました。そして、ちょうど季節の変わり目だったある日に、失踪事件を調査しているという人から連絡がありました。その人に、私が知っていることは全部話しました。といっても、手紙に書いてあった内容くらいですけど、その時にもどかしい気持ちもつい漏らしてしまいましたが、そして『直接探してみるか?』といわれまして」

悠「それで、この学園に?」

文「はい。島に入る手助けも、その方にしていただきました。といっても、直接会ったのは部下の方ですけど島に来てからも、兄を追うための情報をいただいたり、兄の遺留品を渡してくださりました」

帯びた刀にそっと触れる。それは身を守る術であると同時に、お兄さんとの絆でもあるのかもしれない。

悠「その中にジロウも居たんだな」

文「はい。ですからジロウは、私の剣魂ではなく、兄のものなんです。」

悠「じゃあ出来るだけ早く、ジロウをお兄さんに返してあげないと」

文「そうですね。そしてジロウにも、兄を返してあげたいのです」

悠「……で、次はどうすればいいんだ?」

文「えっ?」

悠「えっ、じゃないだろ。手掛かりの女性は、結局まだ見つかってないんだし、振り出しに戻ったんだろ?」

文「あ、いえ、そういう意味では無くて……その、今回だけだと思っていましたから、秋月さんが手伝ってくれるのは」

悠「あー?なんだ、おれってもうお払い箱か?」

文「じゃなくて……一回限りの手伝いということで、了承してもらったのかと」

悠「はーん……ちなみに文の気持ちとしては、どうなんだ?」

文「私としては、その……小鳥遊さん以外に助力を頼めるような人なんておりませんし……何のお返しもできませんけど……手伝ってもらえれば、助かるのは間違いありません」

悠「よし、じゃあ決まりだ。おれの方でもできるだけ調べるし、何かできることがあれば手を貸す。だから、出来ることがあるときは、遠慮なくな?」

文「……出来ないことは、しないけど。ですか?」

悠「イグザクトリー!」

文「情けないことを、そんな力強く言わないでください……もう……」

お返しなんて出来ない……そんな風にいってたけど、そういう話しじゃない。おれが、文にお返ししようと決めてたんだ。行きがかり上とはいえ、おれを助けてくれた。そして、今彼女を手助けと対って気持ちも、行きがかり上だ。だったら、おれが手助けしてやっと五分。これで平等って訳だ。

悠「ただし、ひとつだけ条件がある」

文「……なんですか?見返りが欲しいんですか?」

悠「今晩みたいなのだけは、もう勘弁、だ」

文「あ…………はははっ、了承しておきます」

悠「ああ、よろしく頼む」

最初に出会った時は、ぶっきらぼうで無愛想で、何を考えてるのか分からなかった。こうして何度かあっていても、まだ態度や表情に硬いところもある。でも、単身で島に乗り込み、敵か味方か分からぬ島で、行方不明の兄を探し続けなければならない。だったら、警戒心があるのも当然だし、他人に関わってるヒマなんかないだろう。そんな事情さえなければ、冗談を言えば笑ってくれるし、団子だって美味しく食べてくれる。どこにでもいる、ごく当たり前の女の子だ。『そんな子が、肩肘を張らないといけない世の中が間違ってる』とか、吉音辺りだったらいいそうだ。でも、おれもそう思う。本当に。……ひゃひゃひゃ、吉音に感化されちゃったかな。

文「……」

悠「じゃ、改めてよろしくな。文」

文「はい、よろしくお願いします。小鳥遊さん……いえ、小鳥遊君。そう呼ばせてください」

悠「別に好きなように呼んでくれ」

文「はい、小鳥遊君」

それは……まだまだ硬い彼女の、でも彼女なりの、実に彼女らしい、小さな一歩だった。その君付けは、ずっと続くのか、はたまたいつか、また変わるんだろうか。変わるとしたら、何になるんだろうか。そんな他愛もない、けれどちょっとしたら大変なことを考えながら。おれ達の夜は、静かに過ぎていった……。
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