ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【5】

ーとある廃寺ー

文「…………約束の時間は、既に過ぎておりますが」

深夜、堂の中で独りごちる文。

???「すまない、待たせた。少し手間取ってな」

だが彼女の投げかけに応じる声があった。音もなく開かれた戸、吹く風のさらに奥、夜の帳の隙間から低く響き渡る。

文「時間通りでないと困ります」

???「こちらにも事情はあるのだ。とはいえ、詫びはしよう。申し訳なかった」

文「……いえ、そこまで責めているわけではありませんから、気にしないでください。」

???「かたじけない、次からは、これまで通り刻限を厳守しよう」

文「そういっていただけると助かります。……ところで、前回いただいた情報のことですが」

???「ふむ、いかがした」

文「また人違いでした。あの猫目……特に長女が、いただいた情報とは酷似していましたが、外れのようです」

???「そうであったか……すまなかつたな、無駄足を踏ませてしまって」

文「……いえ、すんなり見つかるとは思っていませんから」

???「そういってもらえるとこちらも助かる。詫びではないが……こちらを受け取られよ」

頃合いよく吹き抜けた風が、闇夜にまぶしい白い封筒を一通、文の足もとへと運んだ。

文「新たな情報ですか?」

一瞥を送ったのみで、手を伸ばさずに質問を投げかける。それは警戒心というよりも、いらぬ期待を抱いて失望することを恐れている風にも見えた。

???「その通り。我が主直々の文にて、ありがたく受け取るがよい」

文「……いつも感謝しています。」

???「しかしそれも、断片的な情報の域を出ぬ。くれぐれも、先走りすぎぬようにな」

???「焦らぬことが肝要だ。近道は、もっとも遠回りな道であるぞ。特に、あまり派手に動き過ぎぬよう、ゆめゆめ忘れぬようにな」

文「心得ておきます。……上司の方に、よろしくお伝えください。」

???「何か分かれば、またこちらから連絡する。それではこれにて御免」

言葉が途切れ、同時に男達の気配が消える。そして闇と文と、封書だけが残った。

文「焦るな……ですか」

狭く閉ざされた闇の中、文の顔に浮かぶのは、一人きりで居るせいかひどく無防備な色だった。憂いを帯びた文の顔には不安が、風に攫われそうな背中には郷愁が浮かび……封を握った手の中に希望があると信じながら、その身体の全てを夜の中に没す。

そして、誰も居なくなった。






ー大江戸学園:日本橋ー

悠「相変わらず活気があるなぁ」

学校の帰り道に、市場調査を兼ねて日本橋のあたりへ寄ってみた。店を開けないといけないから、寄り道してるヒマはあまりないんだけど、無頓着ってのもいただけない。

流行りのお菓子とかを抑えて、お客さんにもっと喜んでもらわないとな。

「……動かないでください」

物騒な言葉よりも先に、背中に硬質ななにかを押しあてられる。

悠「……なにが目的だ」

おそらく武器だろう。それを突き付けている相手の顔は、おれからでは当然見えない。唯一の診断材料である声は、女性の、しかも若そうな感じだ。

「……この前のお礼に」

ちっ……お礼参りか店を叩きだされた野郎が、用心棒でも雇ったのか。

悠「こんなひと目のあるところでか?大した度胸だな」

「確かに、ここはあまり向きませんね。場所を変えましょうか」

裏路地にでも引きずり込むのか、それとも廃墟に監禁か?こうなったら先手必勝だ、ただでやられるとおもうなよ。

悠「甘く見んなよ!喰らえぇやゴラァ!!」

文「……どうしました?変な声出して」

悠「……あるえぇぇっ?」

文「間違いだらけですよ、小鳥遊さん。これは甘いものですし、食べるのは貴方です」

悠「……は?」

文の手には菓子折が握られ、おれに向かって突き出していた。さっき背中に当たっていたモノの正体は、これか。
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