ｰかなうの養成所ｰ

かなう「病気と言えば、病気ってことになるんだろうが……。ほら、あるだろう?お医者様でも草津の湯でも……って奴だよ」

悠「…………んー?」

かなう「鈍い奴だなぁ……」

悠「……ええっ、まさか恋の病?」

かなう「……」

かなうさんはこれまた柄にもなくかすかに頬を染めてこくりとうなずいた。

悠「ええと……関口さんだっけ。やめた方がいい。この先生に恋の相談なんて無理だ」

悠「おい手前ぅ……」

悠「確かに見た目と違って、人生経験はずいぶんと詰んでる先生だけど、およそ恋だの愛だのは…………やっぱりどう考えても無理だ。ドスファンゴに百合の花だ。悪いことは言わないからほかを当たった方が……」

かなう「手前ぇ、いうにことかいてずけずけと……」

かなうさんが立ちあがっておれに掴みかかろうとするより早く、関口の方が口を開いた。

関口「そっ、そんなことありません!刀舟斎先生は素晴らしい人です!これまでだって、ずっと僕の相談に親身になって乗ってくれたんです!」

かなう「そうだそうだ」

悠「これまで……?ってことは、今日が初めてじゃないんだ」

かなう「おう。なかなかうまくいかないみたいでな。色々アドバイスはしてやってるんだが……」

悠「アドバイスですか?かなうさんが?」

かなう「なんだ、その疑わしい、信じてないぞって目はっ。私だって昔は深川界隈でいろいろいわせてたんだからな」

悠「はあ……。で、関口さん」

関口「はいっ」

悠「いったいどんなひとなんだ?藁にすがらなきゃいけないほど難しい攻略相手っていうのは」

かなう「悠。お前とはいっぺんシロクロつけなきゃいけねえみてえだな……」

関口「す、素敵な人なんです。ずっと……遠くで見てたんです。いつかお話ししたいって思ってたんですけど……」

かなう「だったら、話してみればいいじゃねぇか、つったんだけどな」

悠「なかなか切り出しづらいことだってあるんですよ。まして好きな女子ともなれば」

関口「僕、人と話すの得意じゃないから……で、でも、いつまでもそれじゃだめだと思って……勇気を出して……」

関口はそこで頬を赤らめて、かなうさんの方をちらと見た。

悠「ん?」

関口「刀舟斎先生に…………相談に来たんです」

悠「悩んだ挙句に相談って……」

つくづく勇気というか、思いきりにかける性格なんだなあ、この関口って男子生徒は。

かなう「で、まあ、色々経験に基づいて、私がアドバイスしてやっているってわけだ」

悠「あんまり役立ってないみたいじゃないですか」

かなう「うっ」

関口「せ、先生は悪くないんですっ!僕がうまくできなくて……、それで……、先生に……ご迷惑をかけて……」

関口は口ごもるたびにちらちらとかなうさんの方に視線を走らせる。

かなう「しかしな。確かに悠のいうとおり、私はちっとばかり、色恋にはうといところがある」

悠「ちょっとばかり……」

かなう「……」

ゴスッ!
悠「さーせん、なんでもございません。」

傘で思い切り肋骨の隙間を突かれた痛みに顔をしかめるおれを横目に、かなうさんはおほん、と咳払いした。

かなう「そういうわけで、もうちょっと適任なやつが来てくれたことだし、お前へのアドバイスはコイツに譲ることにする」

悠「あー?」

関口「え」

悠「頼むぞ悠。私は、向こうでちょっと書きものがあるから」

悠「ちょ……かなうさん……っ」

関口「先生……っ」

まるで逃げるように(というか逃げたんだよな、あれは)かなうさんはいってしまった。

悠「……」

関口「……」

しばし見つめ合うふたりの男。もちろんそんなことをしていても埒は開かない。といって関口の方からなにか言いだすでもない。