ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【5】

ー越後屋の屋敷ー

越後屋「……お話しはよぅ分かったわ」

越後屋の私室へと通されたおれ達の……というか平和たちの熱弁を聞いたあと、越後屋は鷹揚に首肯した。

平和「分かってくれたんですね!じゃあ、いますぐ屋台を撤去させるでござる!」

越後屋「嫌や」

平和「えっ、なんでですか!!分かってくれたんじゃないんでござるか!?」

越後屋「せやから、ウチになんの非もないことがよぉ分かったというたんや」

信乃「悪いことはしてない、だと?」

越後屋「せや、あの屋台は確かにウチが出資したものやし、あの場所で営業するようにいったのもウチや。けどな、それだけや。ただ、店の前で同じもんを売る屋台を出したというだけや。それって悪いことか?」

平和「悪いに決まってるじゃないで、ござるかっ」

越後屋「なぜ?どこに屋台を出そうと、何を売ろうと、個人の自由じゃありゃしませんか。ねぇ?」

越後屋はそういって、おれに流し眼を送ってくる。

悠「……まあ、そうだな。でも、不当に安い値段で売っているんだったら、問題行為になるかも」

越後屋「安いのは営業努力の賜や。利益を削っているわけやおまへん。なんやったら帳簿を見せても構へんで」

悠「いや、そこまでいうんだったら信じるよ」

おれは首を横に振って、そっと溜息を漏らした。越後屋の言い分はもっともだ。どこでどんな商売をしようと、それは個人の自由だ。少なくとも、それでけで営業妨害とはよべまい。

越後屋「ウチから言わせれば、いままで近くに同業者がおらんかったからと営業努力を怠ってきた向こうに腹が立つわ。まさか逢岡さまは、そんな怠け者の肩を持ついうたんやないやろなぁ?」

悠「いや、どちらか一方の肩を持つわけではないよ」

越後屋「それなら、この件は終わりやね。正当な自由競争に、お上の介入は不要や」

悠「うーむ……」

越後屋の言葉に反論の余地はない。だけど、このまま放置すれば、苦情を申し立てた店主が大騒ぎすることは目に見えている。

つばめ「越後屋さんの仰ることは、もっともですよねぇ」

平和「商売って大変なんでござるね……」

三人も、乗り込んだときの勢いはどこへやら、力なく肩を落としている。――と思ったら、一人だけは違っていた。

信乃「越後屋さまの言い分は自分勝手です。」

越後屋「あら……ええわ、聞いたるからいってみいや」

信乃「越後屋さまから共同経営を申し込んだのなら、越後屋さまが先にノウハウを提供するべきだったと思います。それなのに申し出を断られたから屋台を出して邪魔するなんて……阿漕です。許せません!」

いつも平和に引っ張られている漢字の信乃が、珍しく語気を強めて越後屋を睨みつけている。

越後屋「……育ちの良さが窺える意見やね。けど、信頼に信頼が帰ってくるなんて言うのは都市伝説やで。まず、どちらが上かをはっきり思い知らせる。それが現実的なやり方ってもんや、世間知らずのお嬢ちゃん」

信乃「私はお嬢ちゃんじゃありません!」

信乃の語気はますます強くなるものの、越後屋の態度は余裕綽々だ。

越後屋「そこまで言うなら、ひとつ勝負といこうやないの」

つばめ「勝負……ですか?」

越後屋「そうや。ウチの持ってる屋台を一つ貸したるから、そこであんたら流に商売してみい。ウチを満足させるくらい繁盛させられたら、そのときはあんたらのいうことも一理あると認めたるわ」

平和「というと……屋台を引っ込めてくれるでござるか?」

越後屋「そういうこと。商売人として対等やとわかったら、改めて話しを聞くことにしたるさかい。どうや、この勝負、受けるか?」

信乃「いいえ、その条件では飲めません」

平和「なんとー!?」

信乃「まず先に屋台を撤去してください。それで、私たちが勝負に負けたら、また出店するようにしてください」

越後屋「……ウチがその条件を呑むメリット、ないやんか」

信乃「お嬢ちゃん相手に逃げるんですか?」

越後屋「あ、そうくるんや……ええわ、その条件、吞んだる」

信乃「じゃあ、勝負成立ですね」

越後屋「すぐに屋台を手配させるよって、気張りぃや」

平和「細かいことは分かんないけど、とにかく望むところでござるっ!!」

つばめ「うふふ、お店が持てるなんて楽しそうです。」

信乃「私たちを甘く見たこと、後悔させてやりま……やるぜ!」

越後屋「あんたらのそういうノリがいいとこ、好みやで……ということで、小鳥遊さん」

悠「うぇあ?はい?」

事の成り行きを見守っているばかりだったおれは、越後屋から急に話しを振られて、慌てふためく。

越後屋「屋台はとりあえずさげたる。その後は、お嬢ちゃんらの頑張り次第――それでよろしおますな?」

悠「え、ええと……ちょっとまてよ…」

咄嗟に答えを保留してみたが……不当な営業妨害が行われていない以上、奉行所が介入するのは難しい。それだったら、一時的にでも事態が解決するこの流れは歓迎するべきだろう。
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