ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【4】

ーかなう養成所ー

かなう「……まあよかろう。だがタダというわけにはいかん。イチゴミルク3パックだ!1パックたりともまからんからな」

「まったく、先生はいつもがめつい。わかりました、それで手を打ちましょう」

かなう「よしよし。お前はいつも気前が良くていいよ、長谷河」

はせがわ?さて、どこかで聞いたことのあるような……。

「おい!そこに誰かいるのかっ!」

悠「……あー、すいません。おれです。小鳥遊悠でーす。」

かなう「なんだ、悠か。そんなところでなにしてる。さっさと上がれ」

悠「うーいっす」

いわれて中にあがりこんだおれは、かなうさんと差し向かいに座っていた人物にちょっと驚いた。

平良「……」

悠「長谷河……さん」

じろり。と鋭い視線がおれをにらむ。怖い。けど、崇や神姫に比べたらまだほんの少しだけマシ。

ただ、さっきのかなうさんのセリフではないが、こんな目でにらまれたら悪人でなくとも身がすくむ。おれはにこりとスマイルで返しておいた。

かなう「今日はどうした」

悠「はあ、新が食べ過ぎで腹を壊しちゃいまして。それでなにか薬をいただけないかと思って」

かなう「なんだ。あいつ動けないほど喰ったのか。……まったく意外と食い意地の張った奴だなあ」

悠「意外ではないっすけどね……すいません」

かなう「まあお前が謝ることではないが……。お、もう行くのか長谷河」

平良「は」

さっきまでとはうって変わって無口な長谷河さんは、使い手らしい見事な動作で立ちあがった。少しも重心にブレがない。こういう人はいつどこから斬りつけられても、あっさりと反撃に移れるんだろう。だから彼女がおれのすぐ近くまでやってきたのにも、おれは一瞬気づかなかったくらいだ。

悠「とっ」

平良「いまの話、他言無用だぞ。わかっているだろうな?」

悠「はて、なんのことでしょーか?」

じっさい、おれに聞こえていたのは、ふたりの話しのほとんど最後の方だ。なんのことかわかりもしない。にこにこと微笑んで返事をしたのに鋭く見つめる長谷河さん。

平良「……案外食えない奴だったんだな」

悠「はは、雑食なんで食ったらきっと不味いですよ。噛んでみますか?」

かなう「おいこら。私の診療所で悶着は寄せ」

平良「申し訳ありません。では私はこれで」

長谷河さんはかなうさんに丁寧に頭を下げて、また見事な所作で養成所をでていった。おれの脇をすり抜けるときに…

平良「沈黙は金だ」

悠「言い勝ち功名」

ぼそりと言われたので、一応言い返しておいた。ものっすっごく睨まれたけど。

かなう「よく、食い下がったな」

悠「いやー、めっちゃ怖かったですよ。思わず土下座しそうなレベルで」

かなう「そう怯えるな。あれでなかなか可愛いところもあるやつなんだ。」

悠「可愛い、ですか?それにしても、かなうさんが「鬼平」と知り合いだったとは驚きましたよ」

かなう「なあに、昔、ちょっとな。奴が朱金とヤンチャしていた頃に少し面倒みてやったことがあるのさ」

悠「はあ……」

そういわれても、見た目よりずっと年下にしか見えないかなうさんがあの長谷河さんの面倒なんて。……まったく想像がつかない。

かなう「で、食べすぎだって?」

悠「あ、そうなんです」

おれはさっきの吉音の話をそのままかなうさんに話した。話を聞いたかなうさんはすっかりあきれ顔だ。

かなう「…………ったく。まあいい、胃薬出してやるから飲ませてやれ」

悠「お手間かけます」

かなう「いいさ。だが、あいつはどうも危なっかしいところがある。」

悠「ですねぇ」

薬を手渡したかなうさんは、そういって大徳利のイチゴミルクをがぶがぶと飲み始めた。

かなう「ヴっ。げほっ、げほっ、げほっ!ヴヴーー、一気に飲んだらむせた……げふっ」

悠「……かなうさんも人のことはいえないよなあ」

かなう「あぁん?今なんかいったか?」

悠「いえいえ、なんでもござぁません」

おれはまだ咳き込んでいるかなうさんの背中を撫でてやりながら、つい笑みが浮かぶのを抑えられなかった。
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