ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【4】
ー新宿:小鳥遊堂ー
往水「……とまあ、あの時の捕り物の様子はこんな具合でした。」
悠「そうですか。いやホントにありがとうございました」
想「いえいえ、法を正しく守ることが、我らの職務ですから」
悠「けど……こっちがそちらを巻き込んでしまったようなもんですし……」
想「元々は、目安箱が発端なんですよね?あれは奉行所も関わっているもの。ですから、小鳥遊君が気を回す必要はありませんよ」
悠「ですよねぇー……っと、調子に乗れるほどの図太い神経は持ち合わせが無いのでお礼にできるのはこの程度ですが、おれの心が安らぐために、ウチの茶と菓子を楽しんでくださいだわさ」
想「律義ですね、あなたは。それでは、遠慮なく……こくっ、こくっ……」
往水「あたしゃ、最中よりも黄金色のお菓子の方がいいんですけどねぇ……」
想「何か仰いましたか?中村さん」
往水「め、めっそうもありません、お奉行様!ああ、最中おいしゅうございます~」
悠「中村さんも、お疲れ様でした。おかげで助かりましたよ」
往水「はぁぁ……小鳥遊さんのせいで、しっかり仕事する羽目になりました……恨みますからね?」
悠「それ、町方のいうセリフじゃねぜアンタ……」
往水「中村往水はいうセリフなんですよ……覚えておいてくださいね」
お上に仕える人としてはえらく問題がある発言だが、中村さんなら仕方ない。……なんてつい思ってしまう辺り、厄介というか憎めないというか。困った人だ。
越後屋「ほほほほ、丸く収まりまして、なによりでしたなぁ」
今回の捕り物における最大功労者の越後屋が、一人朗らかに笑っていた。一番腹黒い人なのにな……恐ろしい。
想「越後屋さん。悪徳役人を懲らしめるのは結構ですけど、あまりやりすぎないようにしてくださいね」
越後屋「いややわぁ。今回ウチは、稼ぎ無視でお奉行様に力添えをさせていただきましたのに、そんないけずなお言葉……」
悠「確かに今回は、受け取った賄賂は全部逢岡さんに渡したし、これといった利益はなかったな」
越後屋「まったくですわ。こんなに身を粉にしてつくしたのに。」
想「……確かに、与力からの賄賂は差し出していただきました。ですが、全額出していただいているという保証は、ありませんけどね」
言われてみれば、いくら受け取ったかははっきりしていないし、逢岡さんに渡す時も額は改めていない。つまり……いくらか抜くことは、可能……?
悠「どうなんだよ、越後屋。まぁ……聞くまでもないだろうけど?」
越後屋「いややわぁ、小鳥遊さんったら」
……あー、はいはい。そういうことなんですね。
想「総額を確かめるすべもありませんし、協力してくれたことを考慮して今回だけ不問にしているんですからね」
悠「けど、額なら、元住宅与力を問い詰めれば……」
想「越後屋さんに関わるデータを、越後屋さんを恨んでいる人に聞いたところで……証拠として認められる、客観性の高い情報として扱えると思いますか?」
悠「あー……なるほどっ」
想「まあおそらく、そこまで見越した上で最初から計画していたんでしょうね」
越後屋「それは、お奉行様としてのご発言でしょうか?」
想「茶屋でひと息ついている、ただの逢岡想いです」
越後屋「それはそれは、ありがとうございます」
感謝の言葉には一切構わず、逢岡さんはのんびりとお茶をすすっていた。少なくとも表面上は。……内面、どんな激しい戦いがこの二人の間で交わされてるんだろう。恐ろしや恐ろしや
悠「おれのこともたばかっていたなんて、ひどいじゃないか」
越後屋「小鳥遊さんまでいじめんといてぇな。商人には商人の戦い方があるだけやん」
悠「一応、おれも商人何だが……」
越後屋「今回の件では、小鳥遊さんはお奉行様の立場で関わっておりましたさかいに」
悠「うーむ……悔しいがグゥの音も出ないな」
想「商人としての正義も考慮しますが、その前に人としての正義を全うしていただきたいものですけどね」
越後屋「はぁ……正義、ですか。正しいことって、怖くありませんか?」
悠「正しいことが怖いって……?」
越後屋「正しいことは、気持ちいい。強く振る舞え、威張れて、自慢にもなって、だからくせになります。一度味わったら逃げ出せない、とびきりの美酒に似てはりますな。これほど怖いものは、他にあらしまへんよ。ほほほほほっ」
悠「おーっ……。」
想「あくまで物事の一面に過ぎない考え方ですけどね」
越後屋「一面での真実には間違いないということでっしゃろ?」
想「……コメントは差し控えます」
越後屋「おや、まあ」
てっきり越後屋は、利益第一で考えてるのかと思ってたけど……なんだか意外なところを知った感じだった。これもいわゆね、一面というやつなんだろうんか。だとしたら、彼女はあといくつの顔を持っているんだろう。そして、一番奥にあるものを、おれが見る日は来るんだろうか。
往水「そうそう、正しいは怖いですよね。だからあたしゃ、ほどほどにしておきますよ」
想「中村さんは、もう少し正義に目覚めてください」
往水「は、はいぃっ!」
越後屋「お奉行様は、正義よりもこわーいお人でいらっしゃりますな。ところで、小鳥遊さんは何か怖いものがありますか?」
悠「あー……おれか?そりゃあ、もちろん…………美人が、怖い」
越後屋「ほほっ、お後がよろしいようで」
いつになく軽い越後屋の笑いが、ゆっくりと空へ溶けていった。
往水「……とまあ、あの時の捕り物の様子はこんな具合でした。」
悠「そうですか。いやホントにありがとうございました」
想「いえいえ、法を正しく守ることが、我らの職務ですから」
悠「けど……こっちがそちらを巻き込んでしまったようなもんですし……」
想「元々は、目安箱が発端なんですよね?あれは奉行所も関わっているもの。ですから、小鳥遊君が気を回す必要はありませんよ」
悠「ですよねぇー……っと、調子に乗れるほどの図太い神経は持ち合わせが無いのでお礼にできるのはこの程度ですが、おれの心が安らぐために、ウチの茶と菓子を楽しんでくださいだわさ」
想「律義ですね、あなたは。それでは、遠慮なく……こくっ、こくっ……」
往水「あたしゃ、最中よりも黄金色のお菓子の方がいいんですけどねぇ……」
想「何か仰いましたか?中村さん」
往水「め、めっそうもありません、お奉行様!ああ、最中おいしゅうございます~」
悠「中村さんも、お疲れ様でした。おかげで助かりましたよ」
往水「はぁぁ……小鳥遊さんのせいで、しっかり仕事する羽目になりました……恨みますからね?」
悠「それ、町方のいうセリフじゃねぜアンタ……」
往水「中村往水はいうセリフなんですよ……覚えておいてくださいね」
お上に仕える人としてはえらく問題がある発言だが、中村さんなら仕方ない。……なんてつい思ってしまう辺り、厄介というか憎めないというか。困った人だ。
越後屋「ほほほほ、丸く収まりまして、なによりでしたなぁ」
今回の捕り物における最大功労者の越後屋が、一人朗らかに笑っていた。一番腹黒い人なのにな……恐ろしい。
想「越後屋さん。悪徳役人を懲らしめるのは結構ですけど、あまりやりすぎないようにしてくださいね」
越後屋「いややわぁ。今回ウチは、稼ぎ無視でお奉行様に力添えをさせていただきましたのに、そんないけずなお言葉……」
悠「確かに今回は、受け取った賄賂は全部逢岡さんに渡したし、これといった利益はなかったな」
越後屋「まったくですわ。こんなに身を粉にしてつくしたのに。」
想「……確かに、与力からの賄賂は差し出していただきました。ですが、全額出していただいているという保証は、ありませんけどね」
言われてみれば、いくら受け取ったかははっきりしていないし、逢岡さんに渡す時も額は改めていない。つまり……いくらか抜くことは、可能……?
悠「どうなんだよ、越後屋。まぁ……聞くまでもないだろうけど?」
越後屋「いややわぁ、小鳥遊さんったら」
……あー、はいはい。そういうことなんですね。
想「総額を確かめるすべもありませんし、協力してくれたことを考慮して今回だけ不問にしているんですからね」
悠「けど、額なら、元住宅与力を問い詰めれば……」
想「越後屋さんに関わるデータを、越後屋さんを恨んでいる人に聞いたところで……証拠として認められる、客観性の高い情報として扱えると思いますか?」
悠「あー……なるほどっ」
想「まあおそらく、そこまで見越した上で最初から計画していたんでしょうね」
越後屋「それは、お奉行様としてのご発言でしょうか?」
想「茶屋でひと息ついている、ただの逢岡想いです」
越後屋「それはそれは、ありがとうございます」
感謝の言葉には一切構わず、逢岡さんはのんびりとお茶をすすっていた。少なくとも表面上は。……内面、どんな激しい戦いがこの二人の間で交わされてるんだろう。恐ろしや恐ろしや
悠「おれのこともたばかっていたなんて、ひどいじゃないか」
越後屋「小鳥遊さんまでいじめんといてぇな。商人には商人の戦い方があるだけやん」
悠「一応、おれも商人何だが……」
越後屋「今回の件では、小鳥遊さんはお奉行様の立場で関わっておりましたさかいに」
悠「うーむ……悔しいがグゥの音も出ないな」
想「商人としての正義も考慮しますが、その前に人としての正義を全うしていただきたいものですけどね」
越後屋「はぁ……正義、ですか。正しいことって、怖くありませんか?」
悠「正しいことが怖いって……?」
越後屋「正しいことは、気持ちいい。強く振る舞え、威張れて、自慢にもなって、だからくせになります。一度味わったら逃げ出せない、とびきりの美酒に似てはりますな。これほど怖いものは、他にあらしまへんよ。ほほほほほっ」
悠「おーっ……。」
想「あくまで物事の一面に過ぎない考え方ですけどね」
越後屋「一面での真実には間違いないということでっしゃろ?」
想「……コメントは差し控えます」
越後屋「おや、まあ」
てっきり越後屋は、利益第一で考えてるのかと思ってたけど……なんだか意外なところを知った感じだった。これもいわゆね、一面というやつなんだろうんか。だとしたら、彼女はあといくつの顔を持っているんだろう。そして、一番奥にあるものを、おれが見る日は来るんだろうか。
往水「そうそう、正しいは怖いですよね。だからあたしゃ、ほどほどにしておきますよ」
想「中村さんは、もう少し正義に目覚めてください」
往水「は、はいぃっ!」
越後屋「お奉行様は、正義よりもこわーいお人でいらっしゃりますな。ところで、小鳥遊さんは何か怖いものがありますか?」
悠「あー……おれか?そりゃあ、もちろん…………美人が、怖い」
越後屋「ほほっ、お後がよろしいようで」
いつになく軽い越後屋の笑いが、ゆっくりと空へ溶けていった。