ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【4】

ー番所ー

往水「なにやらお話しがあると聞きましたが、どうなされましたか?」

住宅与力「わざわざ時間を作ってもらい、ありがたい。しかも、お人払いまでしてもらえるとは……話の早い」

住宅与力から話があるという情報だけで、中村さんがここまで状況を整えた。その事実が、与力は自分の推測の正しさを裏付けているように感じていた。

往水「お上に使える者同士といえども、なかなか公に出来ぬ話もありますからねぇ。人の口に戸は立てられませんから、最初からなくしておくのが何よりかと」

住宅与力「さすが、中村さん。町方としての心得がしっかりしておる」

往水「いえいえ、恐縮です」

住宅与力「ふふふ」

笑顔こそ絶えないが、ひどく薄っぺらいやりとりが、二人きりの空間を行き来する。だがそれを白々しいと思わないことこそが、役人にとって必要な技量のひとつであった。

往水「で、時に住宅与力殿。最近、随分と景気がよさそうじゃないですか」

先にきりだしたのは、往水の方だった。一見すれば、ただの挨拶に見えないこともない。だが、腹の底を探るような声音が、下心という糸をあからさまに透けさせていた。

住宅与力「いえいえ、中村さんこそ色々と……ふっふっふっ」

満面に笑みを浮かべつつ、自然な動作で紙包みを手渡す。

往水「はて、これは?」

住宅与力「今さらとぼけることもあるまいて。最近の活躍ぶりは伺っておるよ。だが、あまり頑張りすぎると、大変ですからな……お互いに」

往水「町方は、頑張るのが仕事ですからねぇ」

住宅与力「ままま……そこは持ちつ持たれつということで」

住宅与力「建築現場での調査の件は、これで見なかったことに……」

往水「……ほう、つまり隠蔽依頼ですな?」

住宅与力「いうのははばかられますが、誤解なされても困りますので……その通りですよ、中村さん」

「そこまでです、悪徳役人さん」

住宅与力「な、なにやつ!?」

想「与力ともあろう者が、私の顔を見忘れましたか?」

住宅与力「お前……い、いや、あなた様は……おおぉおぶ……お奉行!」

想「金にくらんだ瞳でも、奉行の顔は覚えているようですね。ならば問います。私の顔は覚えていても、法のことはお忘れですか?」

住宅与力「い、いえそんな、滅相もない……」

鷹屋「滅相どころの話しじゃありませんよ!こいつは。俺達からさんざん絞り取ったんです!」

住宅与力「き、貴様、なぜここに……!」

鷹屋「自分がお上に訴えたからだよ、この小悪党がっ!」

住宅与力「なんだと……職人の分際で、役人を愚弄するなど……!!」

想「役人を愚弄しているのはあなたです、住宅与力!!いえ……もはや、元住宅与力です。たった今、この瞬間から、あなたを免職処分にします。」

元住宅与力「ひぃっ!」

想「残りの話については、お白州にてじっくりと、申し開きを聞かせていただきます。もっとも、今のやり取り、職人の証言、贈賄の動かぬ証拠がある上では、罪を認めるしかないと思いますが」

元住宅与力「証言……贈賄……そ、そうだ!!そいつらだって同罪だ!そこの職人は、賄賂を渡して仕事をもらっていたんだ!他にも……そうだ、越後屋だって金を使って横から仕事を持っていった!わしは、越後屋にたぶらかされただけです!被害者なんです!!」

想「……などと申しておりますが、いかがです?」

越後屋「とんだ濡れ衣を着せられ、呆れて言葉も出まへん」

元住宅与力「え、越後屋ぁぁぁ!!」

越後屋「ものわかりの悪いあんさんのために、教えてあげまひょか。鷹屋さんは、あんさんの悪事を通報し協力してくださった功を認めてくださり、贈賄の件は不問となっとります。むしろその罪で捕まえてしまいましたら、学園中の職人全員お縄やさかいに、そんなあほらしい話、ありえまへんえ」

元住宅与力「ぐぬぬ……だ、だが、貴様はどうだ!わしから金をだまし取ったんだぞ!立派な犯罪だ!」

越後屋「いただいたお金は、お奉行さんにしかとお渡しさせていただいとります」

想「越後屋さんがあなたと接触したのは、元々おとり捜査だったんですよ。決定的な現場を押えるための。また越後屋に渡った金銭は、仰ったとおりお上に収められています。ですからこの一件、越後屋が罪に問われることはありません」

元住宅与力「は……は、図ったなあぁぁぁぁ!!」

鷹屋「先に罠にはめたのは、あんただろっ!」

元住宅与力「習慣というのは、必要だから引き継がれてきたのだ!バカ者め!住宅与力という仕事は、その恩恵を受けてしかるべき地位なのだ!その地位に相応しい者だけが就くことを許された、選ばれた者の仕事なのだ!それを……尊い仕事を、貴様らのような虫けらが汚しおって……!」

越後屋「あらあら。ウチは、あんさんを本来の生業に戻してあげただけやで?」

元住宅与力「本来の生業だと?何の話だ!」

越後屋「負け犬。でっしゃろ?」

元住宅与力「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁっ!」

想「これ以上はここで語ることもありません。……連れていきなさい」

南町同心B「はっ!」

元住宅与力「こ、こら、何をする、離せ……わしを、わしを誰だと心得る!」

南町同心B「お上の意に背く、在任風情め。さっさと来い!」

元住宅与力「うおぉぉぉぉぉっ!」
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