ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【4】

ー住宅与力の屋敷ー

越後屋「申し訳ありません、お願いがございます!」

住宅与力「なっ……越後屋、またか!?今度はどうした!」

越後屋「あなた様からのお仕事を引き受けすぎまして、スケジュールがとても組めるような状態では無く……」

住宅与力「なんだ、そのようなことか。ならば他の職人に回せばよい」

越後屋「それが、どの職人も仕事の予定が入っており、都合がつきません」

住宅与力「な、なんだと?」

越後屋「先日、西の方で崖く連れがありまして、そちらへかなりの数が出払ってしまったようです」

住宅与力「む、むむむ……」

越後屋「大枚をはたけば、強引に連れ戻すことは出来そうですが、肝心な資金が心ともなく……」

住宅与力「む……しかしこのたびの事は、そち個人の不手際ではないか!商人ともあろう者が、予定のひとつも満足に組めぬとは、恥を知れっ」

越後屋「誠に、返す言葉もございませんぇ……」

住宅与力「身から出た錆びなれば、おのが力のみで対処するがよい。わしは預かり知らぬ!」

越後屋「どうしても、あかんでしっしゃろか……」

住宅与力「自業自得だ!」

越後屋「…………分かりました。これ以上、ご迷惑はおかけできまへん。受けた恩を返せぬのが心残りですが、事業拡大は諦めて手を引きます。これまで、おおきに……ほな、失礼します」

住宅与力「なっ……いや、ちょっと待て!なにもそこまで話を進めずともよいではないか」

越後屋「しかし、このままでは赤字が出る一方で、続けることも叶いまへん。八方ふさがりでは、この世界から身を引くしかなく……」

住宅与力「い、いや、しかしだな……(ここで手を引かれてしまっては、金の出し損ではないか……それに、越後屋からの見返りは効率が良い……今後も使いでのある駒になる……手放すのは得策ではない、か)。」

越後屋「……」

住宅与力「………………いかほど必要なのだ」

越後屋「!ウチのために、骨を折って頂けるんどすか……!?」

住宅与力「もう知らぬ仲でもあるまい。だが、今回が最後だ。それは忘れるでないぞ」

越後屋「はい……はい、確かに!そのお情けに、縋らせていただきます!」

住宅与力「うむ……」

越後屋「ほんまおおきに!おおきに!!」





ー新宿:小鳥遊堂ー

悠「……というのが、昨日までの顛末です」

鷹屋「そ、それはまあ、なんというか……凄まじいこって……」

越後屋「ほほほほっ」

鷹屋に経過を報告すると、越後屋の行いは彼の予想を上回っていたらしい。驚いたような呆れたような、なんとも言えない味わいのある顔をする。

鷹屋「ではその、予定の方は順調……という感じでしょうか」

越後屋「そやなぁ。ここまではまずまずの塩梅かと」

悠「でも、そろそろ限界じゃないか?」

住宅与力から巻きあげた金は、合計すればもう相当な額になっていた。もちろん最初の約束通り、それは奉行所の方へ既に収めてもらってる。現場にも立ち会ってるので間違いない。

越後屋「そやね。これ以上は難しいやろうし、警戒される可能性も高そうや」

悠「なら、商人としてのけじめはこの辺りにして、そろそろ奉行所に突きだそう」

越後屋「…………それも、今ひとつ味気ないなぁ」

悠「じゃあ、どう面白くしろっていうんだよ」

越後屋「それに関しては、ウチに一つ考えがあってなぁ……ちょっとお耳を」

悠「……なんだ、耳だけに揃えて返せよ」

越後屋「小鳥遊さん、ときどき面白いですなぁ。……ごにょごにょ……ごにょごにょ……」

悠「ほむほむ、もといふむふむ……それで?」

越後屋「……ごにょ……ごにょり……」

悠「……なーるほど、そうくるのか……越後屋、あんた悪いお人ですねぇ」

越後屋「いえいえ、小鳥遊さんにはかないませんて」

鷹屋「え、えっと……あの、お二人さん……?」

悠「ふっふっふっ……」

越後屋「ほほほほっ……」

鷹屋「……こわ…………っ」

鷹屋さんを、なにやら引かせてしまった気がしないでもない。うーむ、おれもすっかり毒されてしまったんだろうか……。しかし商売に関わるものとして、住宅与力のやり方は許せない。相応の痛い目には遭うべきであり、その一点においては越後屋とは同意見であった。

越後屋「ほな、早急に根回しといこか」

悠「決行日の方は、どうするんだ?」

越後屋「そんなん、決まってるやん。思い立ったが吉日、や」

こうしておれ達は、最後の幕を開けるための準備を終えた。物事には時期がある。苗を植えれば刈り取るべきだし、釣り糸を垂らせば引きあげるべきだ。それがどれほどの収穫を生むのかは……見てのお楽しみ、というやつだ。
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