ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【4】

ー住宅与力の屋敷ー

住宅与力「しかし、そちがなぜわしに会いに?知っての通りわしは住宅与力。そちの商売とはさほど関係もあるまい」

しかしなんだこいつの話し方は……ムチャクチャ演技がかっている。これで威厳でも醸し出しているつもりなんだろうか。滑稽極まりないな。

越後屋「ウチはこれまで、商品を主に扱ってまいりました。品物を買い、運び、それを売るですが、そちらの商いばかりというのも、少々芸がないかと思いまして消費されるだけの「物」を扱うというのは、あなた様から見れば、さぞ軽薄な商売に見えはるのでしょうなぁ」

住宅与力「はっはっはっ、そうへりくだることもあるまい。そつの扱うものがなければ、生活もままならん」

越後屋「ですが大事なのは、その身を委ねる寄る辺……安心して心休める家屋が、どれほど尊きものか。あなた様のお仕事は、誠に立派なことと存じます」

住宅与力「この仕事の必要性をよく理解されておるようだな。感心感心」

越後屋「つきましては……ウチもその、誉れ高きお仕事に関わらさせていただければと、思いたちまして。もちろん、身の程知らずの願いやということは重々承知しております。その至らない部分は、どうん……あなた様のお口添えをいただければと……これ、例のものを」

悠「はい」

越後屋の指示で、持参した箱を差し出す。

越後屋「与力様がお好きと耳にしましたゆえ……山吹色のお菓子でございます。良いお仕事があれば、是非まわしていただきたく……もちろん条件の良いものに関しましては、その都度お礼のほどを厚くさせていただきとう存じますぇ」

住宅与力「……ほほう。事業拡大の相談、ということだな?」

越後屋「お話しがはようぅて、助かります」

与力が箱のふたを開く。そこにはまんじゅうが敷き詰められており、それを持ち上げてみれば……

住宅与力「おお……これは見事な輝き。うむうむ。わしはこれが大好物でのぅ……しかしこれほどの量とは……いや、これはこれは、ほっほっほっ」

悠「……」

憚ることなく枚数を数える与力。一枚ごとに顔がだらしなくほころんでいく。どうやら、予想を上回る額だったらしい。

住宅与力「こう見えてもわしは、話が分かる男で通っておるからのう」

緩みきった下品な笑顔を見ていると、思わず殴りつけたくなってくる。だがさすがは越後屋。そんな下劣を見せられても、笑顔を僅かたりとも崩さない。

越後屋「それでは、今度よろしゅうお願いいたします」

住宅与力「うむ、よきに計らおう」

越後屋「おおきに」

こうして狐と狸の化かし合いの、一幕目が無事に終わって。いや、何を持って「無事に」なのかは分からないが……。とにかく裏工作の甲斐あってか、翌日早々に越後屋のところへ建築以来の話が舞い込んだ。正確には、計画委託という名目で仲介料を抜くような仕事だ。それを受けた越後屋は、仲介料の半分を住宅与力へ収めた。また、依頼者側にも報酬をふっかけ、その一部も併せて収めるという念の入りようだ。

その厚い扱いに、与力は気を良くしたらしく、更に仕事を越後屋のところへ追加した。そんなやりとりが、三度、四度と続いた頃……。





越後屋「こちらが、今回の分になります。」

中身について言及こそしないが、もはや堂々と見返りを手渡すようなありさまになっていた。

住宅与力「ほっほっほっ、いつもすまんのう」

受け取る方もまったく圧顔無恥で、憚ることなく堂々と受け取っている。相変わらずおれだって近くにいるのに、まるでお構いなしだ。

越後屋「おかげさまで、仕事の方は何一つ問題なく回っております」

住宅与力「うむ、そうであろう。わしの采配に間違いはあり得ぬからな」

あんたの采配ってのは、計画を越後屋に丸投げしてるだけじゃねーか。職人の指定すらしてないという、見事な手の抜きっぷりだしな。もっともそのおかげで、与力に知られることなく、鷹屋さんに仕事が回せているんだけど。……いや、実は越後屋も、鷹屋さんに丸投げしているんだが。まあ彼女の場合は、与力を罠にはめるのが目的だし、丸投げを「自分の手柄」なんて誇張はしない。商人なりの誇りと吟味があり、そこが与力とは大きく異なる点だ。
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