ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【4】

ー越後屋の大屋敷ー

越後屋「おはいりやす」

襖の奥にある気配に気づいた山吹が、部屋に入るように促す。

鷹屋「失礼します。鷹屋と申します」

緊張のせいか身を縮ませながら頭を垂れたのは、この屋敷には珍しい出で立ちの男だった。山吹と会うことを意識してか、装いは程々にこざっぱりはしている。だが、どう見ても庶民の成りでもあった。一流の商家が出入りする山吹の屋敷では、明らかに浮く存在である。

越後屋「あんさんが、ウチにご用とお聞きしましたが、なんですか?」

鷹屋「自分は建築業をやらせてもらってます。先輩から受け継ぎ、独り立ちもさせてもらいました。ですが……最近仕事が回してもらえなくなりました。」

この島に学園が創設されて二十余年、さまざまな建物に補修が必要な時期が訪れている。島だけあって海風の影響も強く、必然的に侵食も速い。結果、補修工事はこの島で指折りの活気ある産業になっていた。その仕事に関われる人間が、仕事にありつけないというのは、畑違いの山吹にしても首を傾げる話である。

越後屋「ほう、おかしな話ですなあ。建築の仕事が出来るのなら、猫の手でも欲しいと聞いておりますが、ウチの情報が間違っとりますか?」

鷹屋「いえ、その通りだと思います。今はどこも人手が足りず、嬉しい悲鳴が各所で上がっているかと……ですがそれは、ある条件を乗り越えた先の話しでして」

越後屋「条件……とは?」

鷹屋「自分等の仕事は、全て住宅与力からいただきます。自分の家を直したいと思っても直接職人には頼みません。その旨を窓口に届けます。そうして住宅与力の元へ案件がそろい、重要度や計画に従って、各職人へと仕事が割り振られます。つまり自分たちは、住宅与力から仕事を貰う立場なのです。」

越後屋「……すると、その住宅与力はんから、お仕事を回してもらえのうなったということで、よろしですか?」

鷹屋「はい、その通りです」

越後屋「以前は、もろてたんですか?」

鷹屋「そうです……その、口にするのは憚られるのですが…………袖の下を渡していたので……」

越後屋「ほほほ、なるほど」

鷹屋「あ、誤解なさらないでください。自分の腕が未熟なので、袖の仕事をもらっていたわけではなく……どんな職人でも、賄賂を渡さないと仕事を回してもらえないのです……腕のよしあしは関係ありません。お恥ずかしい話しですが、この島の建築や事情は……賄賂によって仕事がもらえる仕組みになっております。よくいえば、習慣ですが……腐敗してるんです」

越後屋「なるほど……でしたら、また袖の下を送ればよろし」

鷹屋「それが、要求額が日に日に増しておりまして、自分のような小さな規模では、とても払えないのです。このままでは、今の仕事を辞めるしかありません。しかし、自分にとっては天職なのです。もし交換条件になるのでしたら越後屋グループの傘下にもはいります。なんでもしますから、助けてください。」

越後屋「なんでも、ねぇ……。助けて欲しいのならば、お奉行さんにご相談されたらよろしかと。市井のお味方であらせられますさかい」

鷹屋「あ……そ、それは……一応考えたんですが、ええと……」

ここまでは、助けて欲しい一心で流暢だったが、急に口の滑りが悪くなる。

越後屋「……隠し事をするお人とは、これ以上お話できまへんな」

鷹屋「す、すみません!話します!といっても大した話ではなくて……その……習慣とはいえ、ずっと賄賂を送っていたわけでして……なので、住宅与力を訴えれば、当然そのことも明るみになるって寸法でして、それが……あの……」

越後屋「自分まで賄賂の咎で処罰されてしまうのが怖い、と。そういうお話しですか?」

鷹屋「お、お恥ずかしながら……!」

情けないことを口走っているのは重々承知なのか、顔を擦りつけるような土下座をし、山吹の許しを請うた。

越後屋「……厄介なご事情ですなぁ……」

半端呆れながらも、出て行けとはいわず、この一件をいくらかなりとも前向きに考え始めていた。仕事上での習慣というのは、お上が定めた法よりも重いことは多々ある。それを知らぬ山吹ではなかった。

鷹屋「……」

越後屋「分かりました。少しばかり、骨を折ってみまひょ」

鷹屋「ありがとうございます!」

絵にかいたような低身低頭を眺めつつ、山吹はゆっくりと立ちあがる。骨を折る算段はもうついている。あと必要なのは、保証だけだった。
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