ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【4】

ー光姫の屋敷ー

光姫「では、すまんが頼むぞ」

由佳里「はいっ、任せてくださいっ!」

庭先にお供の八辺由佳里を呼び出した光姫、なにやら用事を言いつけていいる様子。

光姫「頼まれごとが何かちゃんと覚えておろうな。お前さんはときどきころっと物事を忘れてしまう所があるから」

由佳里「大丈夫ですよう、光姫様。わたしが食べ物のことを簡単に忘れたりするもんですか」

光姫「うむ。それを買ってのおつかいごとじゃ。頼むぞ、ハチ」

由佳里「合点承知!小鳥遊堂の大福を3つですねっ」

どんと胸を叩いてみせる由佳里。威勢がいいのはこの少女の美点だ。しかし欠点とは言わないまでも、困ったところも由佳里にはある。

光姫「そうじゃ」

由佳里「小鳥遊堂の大福といえば、塩大福ひとつしか品書きには載ってませんが、さすがにこれが絶品!甘さを控えた餡のおかげで、上品な皮の甘みがより引き立って……上品なお味は小鳥遊堂のウリですね」

由佳里はじゅるりと舌なめずりをした。

光姫「そ、そうじゃな」

由佳里「同じ餡を使ったあんみつ、これもまた寒天が上品で美味い!それに羊羹、こちらは普通の小豆入りから……」

光姫「わ、」わかった、わかった!で、なにを買ってくるのか覚えておるか?」

由佳里「へ?羊羹でしょう?小豆入りと抹茶に黒蜜……」

光姫「大福じゃ!お前の頭はところてんかっ」

由佳里「あああいけません、こいつはうっかりですっ。ところてんといえば……」

光姫「いいから忘れぬうちに大福3つ!買いに行かんかっ」

由佳里「はいぃ~っ」

と、庭先から駆けだしていく。光姫はその様子にため息をついた。

「学園最高のスィーツ脳」などともいわれる由佳里。むろん菓子や甘味の知識の尋常ならざるをもっての通称だ。その知識、おそらくは全世界でも屈指。

光姫「……なのはいいんだが。やっぱりどうにも頼りない」

なかなかため息の途切れない光姫なのだった。





ー大通りー

さて屋敷を飛び出した由佳里。これはもう生来真面目な性格であるからきちんとおつとめを果たそうと真剣だ。

由佳里「大福3つ、大福3つ、大福3つ……こうやって、口に出しながら歩けば、忘れないよね。大福3つ、大福3つ、大福3つ……」

当人いい思い付きだと自画自賛ではあるのだが、行き交う他の生徒たちからすると少々不気味な図ではあった。

桃子「いよう、由佳里じゃないか。今日は光姫はいっしょじゃねえのかい」

通りを向こうから歩いて来たのは、学園で喪有名な風来坊のひとり、鬼島桃子だ。

由佳里「はいっ。今日はお屋敷にお客様がいらっしゃるんで、わたしがお茶うけの買い出しに」

桃子「ほう、お茶請け」

由佳里「はいっ、小鳥遊堂の大福3つです!あは、ちゃんと覚えてる。よしよし」

桃子「んー小鳥遊堂の大福かぁ。あれは確かにいけるなぁ」

由佳里「でしょでしょ?餡の甘さが控えてある分、皮の甘みが上品で……」

桃子「まったくだ。けど、小鳥遊堂といったら、羊羹だってあるだろう。あたしは羊羹も好きだがな」

由佳里「羊羹!もちろんですよ。小鳥遊堂の羊羹は色んな種類があって楽しくなっちゃいます。」

桃子「だよなぁ」

甘味の話しとなれば、由佳里にとっては猫にマタタビ。ついつい話に乗ってしまう。

由佳里「小豆に、黒糖、抹茶、栗蒸し、最近はパイナップルもあるんですよ!」

桃子「パイナップル……!ソレはまだ喰ったことないな。いやしかし……」

由佳里「ゲテモノだ、なんて思うでしょう?ところが砂糖のとろっとした甘味にパインの香りがふわっとして……」

桃子「ふ、ふわっとして……?」

由佳里の迫真の口上に、桃子も思わず聞き入ってしまう。実は由佳里、歌を歌わせても玄人はだしなのだ。
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