ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【3】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

吉音「ねえねえゆかり~ん、お話しあるんだけどいいかな?」

由佳里「へ?え、ぇ、あ、今はそのええと……」

吉音「すっっっっごく大事な話なの!あと急ぎの!」

由佳里「でもあの……あぁ……ですがその……」

文「……」

唐突な吉音の言葉にうろたえてしまう。文は当然のように、その隙を突いて流れるように店を後にした。

由佳里「あっ……あああぁぁ……」

吉音「ね~ね~、ゆかりんてば~」

由佳里「は、はい、なんでしょう……もう後の祭りなので、いくらでもお話ききますよ……」

吉音「ゆかりんのお団子、食べないのならもらっていい~?」

由佳里「え、わ、わざわざ呼びとめたのは……お、お団子のこと、だったんですか?」

吉音「お団子は大事なことだよ!!」

由佳里「で、でも、急なこととも仰って……」

吉音「放っておくと、減り過ぎておかしくなったあたしのお腹が、光って唸って合体変形して、それはもう一大事に!」

悠「お、お前、あれだけ食べてまだ足りて無かったのか!?」

吉音「満ちるまでは足りないも~ん。」

なんだかちょっと奥が深そうなことを言っているが単に腹が減ってるだけなんだ。騙されるなおれ。

光姫「わざと逃がしたんじゃろ?ほっほっほっ」

悠「え?」

吉音「ん~ん、お団子食べたかっただけだもん」

言葉の通り吉音は、由佳里の団子に手を伸ばした。その見事な食いっぷりは、演技かどうかまるで分からない。

悠「……」

吉音「あの子、美味しかったっていってたよね。よかったじゃん、悠」

勝手なことばかりいいやがって……でも、まあそうか。元々お礼がしたかっただけだ。由佳里には悪いが、恩返しに来てもらった文に迷惑はかけられない。なにも無く帰ってもらうのが一番だ。でもまあ、埋め合わせくらいはしておくかな。

悠「もし聞きたいことでもあったんなら、今度会った時に伝言しておこうか?」

由佳里「い、いえ、聞きたいことというか……ちょっと不思議だったんです。先ほどのあの子……わたし見たことなかったんです」

悠「あー……いや、そりゃ見たことない奴くらいいるだろ。生徒だけで十万人はいるんだから。」

光姫「ほっほっほっ、自分の物差しだけで世界を計るのは愚かじゃぞ?」

悠「愚かは言われ慣れてますがなにか?」

光姫「思い込みはお主が損するという話しじゃな。ハチは、全生徒の名前と顔を憶えておるのだ。」

悠「うぇい?」

由佳里「あ、あはは、他になにも満足にできないので、たったひとつの長所なんです」

まさかと反射的に考えてしまったが、それこそが自分の物差しという奴なのかもしれない。そもそも光姫さんが、こんな嘘をつく理由も無いし、そんな性格でもない。ということは、真実なんだ。

悠「っということは……」

光姫「先ほどの彼女は、どう見ても生徒の年頃。しかしハチが知らぬ生徒がいないのもまた事実。つまり……謎、ということじゃな」

悠「この学園に居るはずのない、謎の少女……」

吉音「……謎じゃ、ないよ」

悠「何いってるんだよ。だって、由佳里も知らないっていってるんだぞ?」

由佳里「は、はい、間違いなく見覚えのない方です」

吉音「謎じゃないよ。悠の恩人、でしょ?」

悠「あ……」

なるほど、これは一本取られたな。確かに吉音のいう通りだ。

光姫「ほほう、悠の恩人であったか。どのような経緯があったのか、少々きになるところだのう」

由佳里「それって、馴れ初めってことですか!?」

悠「いやそれちょっと意味が違うからね」

吉音「なーれそめっ!なーれそめっ!」

悠「意味分かってないでいってるだろお前!」

光姫「ほっほっほっ、今日も小鳥遊堂は平和じゃのう」

一瞬湧き上がりかけた不穏な欠片は、吉音のひと言であっさりと流れていった。少なくとも、今は。確かにその通りだ。文が何者でも、おれを助けてくれたのは、揺るぎない現実だ。あの子にどんな事情があっても、おれは文を恩人として扱おう。それがきっと、おれに出来るささやかな恩返しに違いない。
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