ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【3】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

文「ええと……人に教えるつもりはなかったわけですから……」

悠「ですから?」

文「アナタをひとと思いません!!これでどうですか?!」

……それでどう言えと?

悠「……」

文「ひとに教えるつもりが無かったわけですから、あなたが人以外であれば問題ないわけです。うん、名案ですね。」

この理論展開に、おれはなんていえばいいんだろうか。「それでいいのか?」「どうしてそうなる」「なんでやねん?」ツッコミすら脳裏をよぎったおれは、たったひとつかは分からない冴えた答えを導き出す。

悠「…………な、なるほど。じゃ、五十嵐さんって呼んでいいかな?」

文「…………いえ、名前の方でお願いします」

ふーん、名前の方で呼ばれたいのか。なんか珍しいな。かわい子ぶりたい、って感じでもなさそうだけど。単に名字が嫌いなのかな?まあ確かに、ちょっと厳つい雰囲気はあるかもしれないが。

悠「じゃあ、文さん……かな?」

文「さんもちゃんも様も殿もいりません。そんなご大層な身分とは縁がありませんし」

悠「はは、了解だ。ならこっちも呼び捨てで良いからな、文」

なんだか急に距離が縮まった気がする。

文「いえ、小鳥遊さんで」

気がするだけだった!いやまあ、呼び方一つで仲良くなるなんて思ってないが、こうきっぱり拒絶されると、少しだけ痛いなぁ……。

悠「ま……好きに呼んでくれたらいいさ。っか、まだ団子食べるか?」

文「いえ、もう十分いただきました。」

それが社交辞令では無いと思える程度には、皿の数は積み上がっている。吉音と張り合えそうなほどだ。

吉音「はぐはぐもぐもぐんぐんぐあぐあぐ♪」

もっとも吉音の方は、未だに食べ続けているので、最終的にどこまで行くのかわかったもんじゃないが……。

悠「そっか。じゃあちょっと包むから、また後で食べるといい。あ、家までどれくらいなんだ?結構遠いんならあんまり多く持たせられないしな」

文「そんなに遠くはありませんよ。近くの寺で寝泊まりしています」

悠「へぇ、そうなんだ。って、近くの寺ってたしか……」

近所の地理を頭の中でひっくり返してみたが、この辺りには無人になった廃寺しかなかったはずだ。

文「他に行く場所も無いので、贅沢は言えません」

悠「行く場所が無いって……この島にいるって事は、文も生徒だよな?生徒なら誰にでも寮生活が提供されてるはずなんだけど……いやまあ、程度はバラバラだけどさ」

文「い、いえ、それは……」

悠「割り当てられて寮での生活に馴染めなくて出てきたとか?」

文「え、ええ~と……」

由佳里「おじゃましま~す!」

光姫「すまぬが、茶を一杯いただこう。とびきり熱いのをな」

悠「あ、お二人ともいらっしゃい。悪い、ちょっと注文もらってくる。でも文はゆっくりしててくれ」

文「わ、私のことには構わず、お客さんの相手をごゆっくりどうぞ」

悠「すまない、ちょっと入ってくる。さあ、お好きな席へどうぞ」

光姫「お好きな席もなにも、相変わらずの閑古鳥ぶり……かと思いきや、今日はそうでもなさそうだのう」

由佳里「新しいお客さんですか!おめでとうございます~」

悠「祝福を喜ぶべきか、祝福されてしまう現状を悲しむべきか、悩みどころですね」

光姫「考えるのは結構だが、茶と菓子を出した後で頼むぞ」

由佳里「いいお店なのに全然知られてなくて、わたし悔しいです。だから、お客さんが増えるのが嬉しくって……って、あれ?」

文「……」

光姫「どうした、ハチ。あちらの御仁が気になるのか?」

由佳里「気になるというか……あの人…」

文「……っ!」

由佳里「もしかして……いえでも、そんなはずは……」

文「そろそろ行きます。団子ごちそうさまでした。」

悠「えっ?」

文「ちょっとした些事を思い出しまして。それでは、これで」

由佳里「あ、あの、すみません、ちょっとよろしいですか?少しアナタにお尋ねしたいことが…」

文「私の方には、ありません」

由佳里「いえあの、でもちょっと気になることがありまして!」

文「……私には関わりのないことですから」

由佳里「お手間は取らせません。少しだけ……!」

温厚な彼女にしては珍しく食い下がったが、その言葉を遮ったのも、これまた意外な角度からだった。
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