ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【3】

ー廃寺ー

笠の少女「えっ?」

吉音「…………何のことか、覚えてない?」

笠の少女「誰の事か、覚えてません」

予想を上回る酷い答えである。

吉音「覚えてないことに関してはあたしも自信あるよ!」

酷さにかけても、吉音も決して負けていない。そんな、酷い人間が二人も揃っているという事実こそが、このうえなく酷かった。

笠の少女「……いえ別に、記憶力の話しでは無くて……興味のないことは、覚えないだけです」

つまり、貴女の話しには興味はありません。刀で断ち切るような、明確な拒絶を突きつける。

吉音「興味のあることだって忘れるから、あたしの勝ちだね!」

しかし、やはり吉音には通じない。口での勝負は、明らかに笠少女の劣勢だった。

笠の少女「……で、ですから、そういう話しでも無くて……」

吉音「ということで、悠を助けてくれたお礼するから、まずはお店にもどろうっ!」

笠の少女「な、なにが「ということ」なんですか!意味がわかりません……」

吉音「あたしが勝ったから、かな?あははは~」

笠の少女「そんな勝手な理屈がまかり通ると思っ……あの、腕を引っ張るのはやめてください」

吉音「?足のほうがいい?」

笠の少女「そういう話しじゃありません」

吉音「まぁとにかく、お店行こっか!」

笠の少女「ですから私はいきませっ……ほんとに足を掴まないでください!」

吉音「手も足も同じ四肢だよ。平気、平気~」

笠の少女「私が平気じゃなっ……そのうえ貴女は馬に乗るつもりですか?!」

吉音「ほら早く早く~」

笠の少女「いや、ですから、ちょっと、その、いろいろと、あのーーー!」






ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

悠「……」

笠の少女「……というのが、ここに私が来るに至った経緯です。お分かりいただけましたか?」

悠「えーと、なんといいますか……恩人に対して無礼の極み、誠に申し訳ないっ!!」

笠の少女「いえ……事情だけ分かっていただければそれで……」

以前おれを助けてくれた笠少女は、怒るのを通り越し、どこか達観した調子で事情を説明してくれた。手だの足だのを引っ張りながら彼女を連れて来たときには何事かと思ったけど、そんな流れだったのか……。

悠「そりゃ確かに、「お礼がしたいから、見かけたら何としてでも連れてきてくれ」とはいったが……よりによってそんなマズイやり方をしなくったっていいだろう。はあぁ」

吉音「ん?おらんろ、おいひいほ?」

悠「そういういみじゃねーし!あと、食べるか話すか二つに一つにしろってーの!!」

吉音「…………もぐもぐもぐもぐ」

悠「ああ、そっちに集中するんだ。」

吉音「もぐもぐもぐもぐもぐ♪」

団子を両手に握りしめ、幸福の境地にいる欠食児童のことはもう置いておこう。それより、念願の対面だ。

悠「今回の無礼は、本当に申し訳ない。見かけたら連れて来て欲しいと頼んだのはおれなんだ。だから、責任はおれにある。文句、愚痴、苦情一切、承るのでなんでもいってくれ。」

笠の少女「別に文句を言うために来たわけじゃありませんから。もう、いいです」

悠「そういってもらえると助かるよ」

笠の少女「……お人好しなんですね。」

悠「はは、あんな欠食児童に食わせてるくらいだしな。褒め言葉として受け取っとくよ」

笠の少女「褒めてませんよ。呆れてるんです」

悠「あー……はは、コイツは手厳しいな」

実際のところ吉音の不始末を引き受けた……なんてつもりはちっとも無かった。この子の頑なさは半端じゃない、少々強引にしないと、連れてくるなんて至難の業だ。そこを意識してか無意識か。どちらにしても敢えてそんな振る舞いをしてでも連れてきてくれたんだろう。他でもない、おれのためにだ。そんな彼女に、感謝こそすれど、他の感情なんて無かった。

吉音「ああ~、もうなんでこんなに素敵なんだろう。恋に落ちるかも~」

悠「……早まるな。そいつはただのみたらし団子だ。あと喰いすぎだ」

吉音「じゃあ、餡子のほうを追加で~」

……感謝以外の感情はないが、勘定はしてほしい。切実に。おれが生きていくために。毎日奢るなんて言わなきゃよかった。うぅっ。
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