ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【3】

ー呉服屋ー

越後屋「小鳥遊さん」

悠「あー?」

越後屋「ああいう輩はほんまにうっとおしくてかないませんわ。よろしゅう頼みますえ」

悠「……あー?」

越後屋「鈍いお人やなぁ。店頭にでてへん商品を持ってくるならいざ知らず。ええもんかどうかは見ればわかる。目利きの邪魔や」

ほーう……商品を見る目は有るのだから、くだらない解説は不要だと言いたいのか。

悠「つまり、追っ払えと?」

わかったよとばかりに確認すると今度はわざとらしい声をあげてきやがった。

越後屋「さすがは天下に悪名高い小鳥遊堂はんや。ウチには真似できまへんわ。怖いわー。ウチそんな野蛮なこというてまへんのに」

悠「……」

言ってるだろ。言外にだが。

越後屋「ま、とにかくよろしゅう頼みます。」

悠「へいへい」

要はこわーいお付きの者になってればいいんだ。プリチーフェイスのおれには向かない仕事だが仕方ない。髪を後手に縛り、制服の羽織を脱いで腰に縛った。今日のシャツは鳥獣戯画の刺繍、まぁ別に全然悪そうな雰囲気は出ないが、悪そうな振りをした。

とはいえ、その後は店員も遠巻きに様子を見ているだけで近寄ってはこなかった。お得意様を怒らせたら元も子もないのだろうからあちらさんもそれなりに必死なんだろう。ある意味同情するぜ。

越後屋「これは……ふむ。どキツイ色合いが粋やなぁ」

越後屋の奴、ぶつぶついいながらどんどん商品を手に取っていく。おれはそれに着いて歩くだけ。

悠「なぁ」

越後屋「ん?」

おれの問いかけに返事をしつつふり返りすらしない。手は止めず、視線も陳列された商品に向けたままだ。

悠「この着物どうすんだ?」

おれは愚問とは知りつつも山のように抱えたこの着物をどうするつもりなのか聞いてみた。

越後屋「はぁ?小鳥遊さん……はぁ」

悠「そこまでふかいため息つかなくてもいいだろう。」

理由も聞かずにここまで着いてきてやってるのに。

越後屋「あほなんか?」

悠「賢くは無いと自負してる」

越後屋「呉服屋で手に取ったお着物をどうするか、説明が必要とは思えへんねんけど。」

もちろん分かってるさ。いいなと思うものを手にとってそこから選ぶんだろうけど、いくらなんでも取り過ぎだ。もうちょっと絞り込んで選んだほうがいいと思う。

悠「いや、こんなにあっちゃ選ぶのも一苦労じゃないか。なんっーか、もう少し目標を定めるっていうか、絞り込むというか……」

越後屋「なにをいうとるんや」

悠「だから、多少面倒でも二、三着ずつ試した方がいいんじゃないかって、バーゲンでもないんだし今手に取らなくたって無くなる訳じゃないだろ。こんなに手に取ったって試着にどれだけ時間がかかるか……。」

越後屋「試着?」

何を言ってるんだと?と言う様な視線を投げかけられたその時、おれは気づいた。この女はそういう一般的な次元で買い物をしてるんじゃなかったってことに。

悠「まさか……」

越後屋「ちょっと」

越後屋は手招きして遠巻きにおれらを見ていた店員を呼び付けた。さっきの店員は忠実な家来宜しく馳せ参じる。

呉服屋店員「どうなさいましたか?越後屋様」

越後屋「これ、全部頂戴」

そういっておれの持っていた着物の山を指さす。

悠「マジか……」

呉服屋店員「はっ、畏まりました。ただ今ご用意させていただきます。」

おれが我が耳を疑って固まっていると、その腕からささっと山ごと着物を受け取ると店員は会計に向かった。

越後屋「試着なんかいちいちしてられへん。時間がもったいないやんか。」

悠「あんなに買ったって全部は着ないだろ。」

越後屋「着られるか着られないかは関係あらへん。ウチは欲しいと思った物は手に入れるんや」

悠「買っても無駄になるだろ」

越後屋「この世の中に無駄になるものなんてひとつもあらしません。例え買った着物を一度もウチが使わなくても、こうして商品とお金が動く事が大事なんや」

呉服屋店員「越後屋様、お待たせいたしました。」

越後屋「おおきに」

越後屋はそういってさらさらっと手形に金額を記入すると店員に差し出した。

呉服屋店員「毎度ありがとうございます」

店員が恭しく深々と頭を下げる。越後屋は満足そうに笑った。

越後屋「ハチ」

ハチロベイ『ゲロゲーロ』

越後屋が剣魂を呼ぶとちょいと大きめのサイズの蛙が現れた。そして躊躇なくその口に買ったばかりの着物を放りこむ。

越後屋「こうやってこの子の中に入れれば重さも関係あらへんしな」

得意げにニヤリと笑う越後屋。なるほど、会計さえ済ませてしまえば荷物持ちはいらないということか。
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