ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【3】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

悠「どうも……じゃなくて、なんで戻ってきたんだ?」

笠の少女「戻るつもりは無かったんですけど……でも、この子が」

カラス『クカカ!』

まるで彼女の言葉がわかるのか、返事をするように一鳴きするカラス。あ、もしかしてあのカラスは、彼女の剣魂……?

笠を被った少女「まったく、お人好しで困ります。」

チンピラA「ほっほー、カラスを護るために戻ってきたって訳か?アンタも結構なお人好しだな」

笠の少女「……」

チンピラB「だがな、どれだけ善人でも、見逃してはやれないぜ。首を突っ込んだ自分を恨みな、手加減はしねぇぜ」

笠の少女「……それで構いません」

チンピラB「はぁ?オレがいってる意味、分かってんのか?」

笠の少女「分かっていますし……遅い、です」

ヒュバッ!
チンピラB「ば……か、な……」

笠の少女「……やるならば言う前に」

こんな風にやらないと……そう言いたげに振るった刀は、男の鳩尾を鮮やかに捉えていた。

チンピラD「は、早えぇ……」

チンピラE「そ、それがどうした、こっちの方がまだ数は多いんだ……!」

笠の少女「そうですね……今は」

虚勢を張ることで辛うじて守っている体面を、短い言葉が鮮やかに切り裂く。まだ、向かってくるなら、「数が多い」は「数が多かった」になる。いや……そうなるのだと、彼女は言外にそう告げていた。

チンピラD「お、おい……引くぞ!」

チンピラE「でも、コイツら……この店主だけでもっ!!」

チンピラのひとりがあきらめが悪く木刀を振り上げた。おれは向き直って右肩から腕にかけてリラックスさせた。

悠「もっと力を抜けよ。」

向かってくる男の顔目掛けておれは手を振った。

日本人でありながら稀代の中国拳法家として名を馳せる。達人澤井健一氏がこんな言葉を残している。

『野球の投手が投げるような「軟らかさ」と「手の振りで」相手の顔を正面から打ったなら大変な打撃となる。目も鼻も一度に打たれて相手が見えなくなるほど涙が出るだろう』

佐藤嘉道著「拳聖澤井健一先生」より

ブアァァチィィィン!!
チンピラE「……ッァァ!!」

チンピラA「顔、叩いた音かよっ?!に、逃げるぞ!!おぼえてろ!!」

チンピラゆえに形勢を読み取る力はあるのか、倒れてる四人を引きづりながら遁走した。捨て台詞を忘れないのでまた来る気はなのかもしれないが二度と来なくていい。

悠「ふぅ……おかげで助かったよ。キミがいなかったらどうなってたことやら」

笠の少女「……嘘つきですね」

お礼を言う暇もなく、笠の少女はすたすたと歩きはじめていた。

悠「おーい、ちょっと待ってくれ。よかったらお礼したいんだけど……」

笠の少女「……あなたの為にしたことではありません」

悠「あー……?」

笠の少女「無用の気遣いです」

まったく取りつくシマもなく、少女は歩みを進めていく。一瞬追いかけようともおもったが、店を無人にする訳にもいかない。

悠「よかったら、またいつでも店に来てくれ。いつでも構わないから。」

色々とままならないおれには、こんな声をかけることぐらいしかできなかった。

笠の少女「……」

しかしというべきか、やはりと思うべきか。彼女から返事はまったく無く。

カラス『カァー、カァー』

気まずい沈黙を埋め合わせてくれたのか、さっきのカラスが返事のように鳴いてくれた。最後の最後まで、おれはカラスに救われてしまった。

悠「はぁ……なさけないなー。そして、ままならないなー。」
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