ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【3】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

落ちてくる拳。寅は裂けて血まみれになった唇をわずかに動かして言った。

「待って……たぜ」

向かってきたパンチに思いっきり頭を振って拳にぶつけた。バギリッと骨の砕ける音と飛び散る紅液。突然の反撃にバランスを崩しかけた雷太郎だが下半身に力を込めて下敷きにしている寅を逃がさないようにする。

だが、雷太郎の身体は引っ張られた。砕けた腕を掴まれ横に倒され、仰向けになり、胸の上に二つの足が落ちてくる。一瞬のことだった。そして、こんな事になると予測はしていなかったのだろう。十字固め……キックボクサーの寅が寝技しかもプロレスの十の字固めを仕掛けて来たのだ。
ホールドした左腕をミヂミヂと絞めながら喋りにくそうに寅はいった。

「お前らが来る前に……悠に教えられたよ……一度きり一度きりだがマウントポジションから脱出する方法があるってな。」

ほぼ折れる寸前まで絞められ雷太郎は呻くようにいった。

「や、奴の……入れ知恵っ……か!」

「路上の……現実を知るべきは……お前の方だったな。お前の……負けだ!!」

バギッ!!骨の折れる音が鳴った。だが、鬼の心は折れていない。寅が解放したあとも這いずり、起き上ろうとする。

「それ以上、起き上るな。次は足を潰すぞ」

勿論、威嚇では無い。本気でやるつもりだった。双方が睨みあったまま流れる時間……先に
口を開いたのは雷太郎だった。

「虎は……容赦ねぇな。」

「そっちこそ随分粘ってくれた。ひとをだまくらかして攻撃してきた奴の言葉とは思えねェしな。」

「そんな昔の事を仇にもたないでくれ。っても、一時間も前じゃないけどな。よっと……。」

フラフラと立ち上がり投げ捨てた吐しゃ物まみれのシャツを蹴りあげて右腕で受け止める。

「俺は帰るよ。いつっ……とりあえず、元雇い主に敗戦報告しないと」

「はん、せいぜい夜道には気をつけるんだな」

雷太郎は軽く首を振って歩きだした。








「ふーーーーーっ……。」

うつぶせて動かない風太郎をそのままにして、おれはヨロヨロと店の方に歩きはじめた。向こうの決着もついてるはずだろう。
カヂュ……耳もとを何かがとんでもない速さで通りすぎ近くの壁に鮮血と肉片張りつく。

「っ……?!」

ふり返ると、腹部を右手でおさえ、左手には弩躬の使う手弓用のゴムを左手に装着して構える風太郎の姿。

「お前……どうして今、手加減した。」

ギリリっと次弾を握る風太郎の目にぞわぞわとしたものが走る。
多分、コイツは弩躬のようにあの手弓を扱える訳じゃない。オニモードと併用してやっとなのだろう。それでも、直撃したらシャレにならない。

「優しさからか?それともやっぱり馬鹿にしたかったのか?いや、それとは……違うか、お前の拳はまっすぐだからな……ひとを馬鹿にしたりとか自分と比べて安心したりとか、そういう発想が無い」

「……いや、そういう訳じゃないんだけどな。よく、新とかみてアイツ馬鹿だなーとか思うし。正確悪いって思うし」

風太郎は笑った。やわらかに、そして安心したように……。

「ふふ、やっぱり男の方が好きだな。女もお前みたいに、あけすけだったらいいのに」

「なんだ? ひとり納得してるみたいだが?」

「俺は……ひとりじゃだめだ。雷が居ないと何もできない。今までずっとそうだった。そして……これからも、そうかも知れない。けど、俺は精一杯!お前を倒す努力をするっ!」

おれ……俺も笑ってしまう。全身の身の毛がよだつような高揚感、風太郎の純粋な闘争心と覚悟に……。
そのとき、崇の声が聞こえた気がした。

「ようこそ、強者の領域へ……」

踏みこみだす俺へ向かってくる弾丸。
ギュバッ!真っ向の顔面狙いにひるまず避けた。一度撃ちだした後の弾は自動でリロードされない。風太郎の二弾めが装填される間に俺の拳が仕掛ける。
だが、鬼は一枚上手だったこの極限状態でありながら、あせらずその身を倒してパンチを避けて足下から手弓を放った。
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