ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【3】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

ドッドッと二つの音が同時に破裂する。
悠と風太郎の反対側ではもっともシンプルな喧嘩が勃発していた。

「ぐっ……。」

「がっ……。」

雷太郎の拳が寅の顔を殴れば、寅が雷太郎の腹を打つ。逆に寅が雷太郎の顔面をぶん殴れば、雷太郎が寅の腹をぶん殴る。文字通りの……殴り合い。一発一発の威力はほぼ同等っとなれば……最後に勝つのは意地の強さ。
だが、そこまで縛ったルールは存在しない、寅はその体躯からは信じられないほど瞬発的に身を屈めて上げ突き(アッパー)を繰り出した。

しかし、相手は鬼だった。スレスレで凶拳を避けて、横面に拳を叩きこんだ。血と唾の混ざった液体を吐きだしながら吹き飛びそうになった。

だが、対峙するのは虎だった。スケーターのように一回転して回し蹴りで雷太郎の横っぱらを蹴り飛ばした。ブーツの先が深々とめり込み。横倒になってはじけ飛んだ。二度、三度と転がるものの地面を蹴って起き上る。それでもダメージは流石にあったのか下を向いて胃の中のものを盛大に吐き散らした。
吐しゃ物まみれになったシャツを脱ぎ、乱暴に口元をぬぐって雷太郎はいった。

「ぺっ……とんでも無いやつだ。あんな状態でカウンター仕掛けてくるなんて」

寅も同じようにシャツを脱いで、真っ赤に血濡れた口を拭っていう。

「バトった時に自分のベストを尽くすのは当たり前だ。大前提。自明の理。最低条件。初期設定。デフォルト……誰でもやってることだろ。勝つか負けるかは、そのあとの話しだ。」

寅は最後に、虎の様にひと吠えして、走りだす。迎える鬼は笑う。

「猪突猛進……いや、虎突猛進か!来いっ!」

鬼へと力を完全開放しその場で構える雷太郎。地を踏み月夜に跳ねる兎ならぬ、虎の飛び蹴りを鬼は身をひるがえし簡単に避けた。
だが、ドッと大地を割るような衝撃が顔にぶつかった。勢い任せの攻撃に思えた蹴りはブラフ。地面を踏みしめた足を軸に、さっきの数倍は勢いづいた回し蹴りが仕掛けたのだった。

真正面から突き飛ばされたように吹き飛ぶ鬼の顔は……笑っていた。グッと頭を引き、背後に迫る壁を蹴り反発力で前へと戻り寅の腹に突っ込んだ。頭突き……単純ながら人間のもっとも硬い部分をぶつけてドゴッと鳴る鈍音。

カウンターのカウンターのカウンター。技術的なものでなく打たれたから打ち返すという泥臭く本気のぶつかりに寅は倒れそうになる。

だが、ここで倒れてしまえば寝技へと持ち込まれると両腕を天に掲げて拳を組んで雷太郎の後頭部目がけて振り下ろす。

「へっ、単純すぎんだよっ!」

ヒュッカ……風を切る音、振りおろしは空振り。鬼はバク転で攻撃を避けつつ、つま先で寅の顎先を刈っていった。
首ががくんと揺れる、歯を食いしばり、拳を握り倒れまいとファイティングポーズを崩さない。

「よし、まだまだ、身体は動く……どうしたこっ……?!」

油断では無かったが……油断だったのかもしれない。目のまえに居た雷太郎が消え、寅を押し倒された。馬乗りになられて、その事実に気がつく。ライタロウノスピードハフウタロウトドウトウ……。

「ふぅ……お前今、俺と風のスピードが同じと考えただろ……。違うぜ。鬼状態になった時は俺の方が速い。そして、力は風の方が強くなる。」

ゴッとパンチが降ってくる。最初の一発、二発は首を左右に振って避け続けれたものの、それも長くは続かなかった。速く細かく降って来る拳の雨にいつしか直撃を浴び始める。
反撃する事もままならなく。一方的な暴力を仕掛けつつ雷太郎は続けた。

「ボクサーってのはタフだな。」

ゴッ!

「技術もあるっ!」

ゴッ!

「それでも、路上の現実にスポーツマンじゃ勝てないんだよ!」

血の糸を伸ばす拳、寅の顔はもうぐしゃぐしゃだった。それでも決して自身の負けを宣言しない。ならばとばかりにトドメの一撃をと、より硬く、より高く拳を振り上げた。

「終わりだ獣……死ね!」
29/100ページ
スキ