ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【3】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

「やってくれるっ!!」

おれは間一髪で奇襲を避けた。だが、即座に頭を掴まれて地面に叩きつけられる。迷いもなく、容赦のない攻撃。痛みや憎悪より、清々しいとさえ思ってしまう。だが、これ以上はやらせっぱなしにはさせない。

おれの頭を掴んだままの手を右手で掴んで内側に引き込み、奴の頭にヘッドソバットをお見舞いした。ガヂン!っと硬い物同士がぶつかる音と放物線を描く鮮血。飛び起きるおれと仰向けに倒れる風太郎。一気に形勢逆転となった訳でもなく。奴は当然立ち上がって裂けた額の傷を一度ぬぐって笑った。

「痛っ、でもこの前とは全然違……」

おれは何も答えなかった。喋っている途中だが、今度はこっちから仕掛ける。右の拳を振ると、カシュッとちいさくかすれた音がした。奴の視界は歪んだのだろう顎先へのショートフックは表面上より脳に絶大なほど振動を伝える。
足がもたつくのを見逃さない、腰を引いて右ストレートを顔面にぶちかます。気持ちいいくらいに拳は奴を打った。しかし、倒れはしない。奴は中腰になって耐えしのいでいる。

だが、それでいい。それだからいい。おれも止はしないもう一度腰を切り、今度は左ストレート、風太郎の身体が左に傾いた瞬間右からローキックで払いあげた。蹴ったおれが弾かれそうになるほど鍛えた肉の詰まった太ももを軸に一回転して、右かかとで奴の頭を蹴り飛ばした。
勢いと遠心力に任せた威力に風太郎の身体は、人形を投げ捨てたようにゴロゴロと地面を広がっていく。

左、右、左へと連続する攻撃から、トドメに大技の一撃は理想のコンボ。着地こそ尻もちをついたが、おれはすぐに立ち上がって構えを崩さない。理想の攻撃が成功したのは紛れもない事実、顎を穿ち、足を崩し、頭を鈍砕……。

「ふ、ふふ……ふふふ。」

した程度で鬼は倒せない。意地の張り合い、純粋な勝負に置いて、この程度の事など小手先の突き合いにじゃれあいでしかないのだ。
鬼が起き上った。やっと、向こうも本気になってきたらしい。
奴は血玉を吐き出していった。

「ぺっ……凄い、凄いな。あの時とは……全然違う。速いし、重い。しかも、容赦ない。」

「初めに目突きかましてきたお前には負けるよ」

余裕をかましつつ、おれは左瞼に違和感が出てきていた。重痛い……ジクジクと毛細血管が腐っていくように熱が目に集まっていく。ただ見開いているだけで弱っているのだ。長期戦は無用といいたいが鬼に短期決戦などできるのは、犬、雉、猿のお供を連れてないと無理な話。

奴は握っていた拳を解いてゆらゆらと腕を振り子のように小刻みに揺らす。首をコキっと鳴らしていった。

「なんで、鬼状態にならない?」

「おれは命を大事に派なんだ。それに……」

「それに?」

「……ただ、命が惜しいだけさ。」

嘘。命が惜しいなんてことは……本当は無かった。自分で意識して、自分の為に、自分が選択してならいくらでも身を削ることは何とも思わないし衝動に身を任せるのは確かに気持ちいい。だけど、気持ちが先走り身体が自分の思い通りにならないのが何となく嫌だ。気持ちいいのと楽しい事は少し違う。

「確かにお前は大したものだよ。でも、鬼状態になって、牙をむき出して掛かってくればいい。今の状況だって前と同じだ。俺が鬼状態になってから、お前は一度負けてるんだ。お前……馬鹿にしてるのか?」

どうやら、鬼が本物の鬼になったらしい。奴の呼吸が少なくなり、激しい心音がここまで聞こえてくる。それにしても、負けてるか……。おれは小さくため息を吐いた。いや、笑ったのかもしれない。

「鬼になるのも獣になるのも気持ちいいけど、あまり好きじゃない。そのとき良くても胃がもたれるしすぐ眠くなる。それに、獰猛(どうもう)っていうだけなら、おれより聡明な奴がもっと獰猛な奴がいたら、もうその時点で勝てなくなるだろ。たったそれだけのことでな。だから、そうじゃなく全部を使う。地の利を天の利を、五体に刻んだ修練を、培った技術を、鍛えたクンフーを、練った氣を……。全部を使うのは複雑で面倒だが、とてもシンプルでわかりやすい。積み重ねっていう実感がある。」

前に踏み込んだ右足と一歩後ろに引いた左足に力を込める。氣を巻きあげるんじゃなく、足に留める。そして……それを一気に踏みだして解放する!

踏みだすというより飛びこむという表現が正しいかもしれない、おれと風太郎の間合いは無くなる。顔面を貫こうとする指突を横から掴みとり、右拳をやつの腹に添える。

「なっ……俺の……掴んっ…?!」

「だから、おれは……こうやって、闘うんだ!」

ドンッ!っと、轟音が鳴った。
28/100ページ
スキ