ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【3】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

寅が不意に木戸の方へと振り向いた。野生の勘か何かが働いたらしく寅はおれの方へと振り向いていった。

「なにかおかしい……。」

「なに、どうした?」

「妙だ。出るぞ。」

おれの返事を待たずに寅は木戸を蹴り飛ばして飛び出した。おいおい、あとで直せよと思いながらおれも後を追った。既に辺りは暗く人通り「は」無い。ただ、無数の黒装束の男たちが、うずくまり呻ていた。思わず声が漏れる。

「なんだ……こりゃ?」

その瞬間、耳に劈(つんざ)いたのはギヂヂヂっと一度聞いたら忘れられないゴムを轢く凶音……。その音の正体に気がつく前に超高速の物体が二発発射された。おれと寅の肩を抜けて頭の上に声が降って来た。

「ぐぇっ」

「ぎゃぅ」

屋根上からドタドタと黒装束が転げ落ちてくる。なにより気になったのは、そいつらの腕に突き立っているダート……。
おれがそれに気を取られていると、寅が足を蹴ってきた。なんだと、睨み返すと顎をしゃくって前を見ろと促してくる。視線を向けた先に居たのは風と雷、そしてもうひとり、ジーパンに矢尻柄の紋様がびっしりと裾に刺繍された羽織を被った鳥居弩躬だ。腕には右の腕には超伸縮ゴムが、左手にはダートが握られている。
あのときの悪夢が蘇りそうになる。奴の手弓は冗談じゃ無いほど凶悪だ。

おれの焦りを悟ったのか弩躬が笑っていった。

「悠、久しぶり。まるであの夜の時みたいだよな。」

寅は横目で奴と知り合いなのかと訴えてくる。

「あぁ……久しぶりだな。まさか、イシュミトが風雷と繋がってるとは思わなかった。お前も浮気性だな、柏以外とも組んでるなんて。」

「なんだ、その様子だと知らないんだな。」

「何のことだ。」

「お前がやられてから、十神将の方々が鬼狩りの依頼を出した。っで、誰も乗り気じゃ無かったから俺が志願した。何日か調べて、さぁ、今日仕掛けようかと思った矢先、悠とそっちの人が風雷と約束しちゃったから邪魔するのは気が引けてな。なんか、毒気も抜かれたから……暇つぶしを兼ねてコイツらとアンタらの喧嘩を見守ることにした。風雷とは一応同盟の繋がりがあったから接触は簡単だったし、その間の一週間は短くも楽しかったよ。この黒装束を何十回撃ったことやら。」

そういわれて気がついた。ここ最近は一切襲撃を掛けられていない事に。

「出来るなら俺も誰かと喧嘩したかったけど、今回は譲るよ。悠とは一度やってるし。さつて……俺の方はもういいけど、そこの人はどうなの?邪魔とかするなら……撃つけど?」

まだまだ意外な客が居た。うちの店とは真反対側にある、ねずみやの影から銀色を煌めかせて出て来たのは西の王様、虎狗琥崇とそのお付きの本郷千春だ。本郷は崇の邪魔にならないような位置で居ながらも、もし弩躬とに撃たれても即座に我が身を楯に出来る場所で身構えていた。

木枯らし吹くように冷えた声で王様がいう。

「俺は立会人だ。気にせず始めろ。」

本当にそれが開始の合図になった。風雷コンビは鏡合わせたように同時に踏みだす。ダンダンダンッと地面を踏みつけおれと寅の目のまえで姿が消える。奴らは地面ギリギリまで身を屈め、手と左足を地について右足を斜め上に蹴りあげた驚くほどの開脚で一本筋が通ったよう
に垂直だった。おれと寅は左右に飛んでそれを避ける。あげた足を振りおろして立ち上がる風と雷。背中合わせの奴らを挟むように対峙するおれ達も構えをとった。

目のまえでいる風太郎はいった。

「全快みたいだな。」

おれは左目を開く、ズキリっと走る痛みより背骨にゾクゾクとした電流が走っている。奴の殺意に反応している。

「……あぁ、全快だ。遠慮なく来いよ。」

すると、その時、男の纏っている殺意、敵意が急に消えた……。挨拶でもするように、散歩にでも出かけるように風太郎はゆっくり近づいてくる。たちまちのうちに破られる間合い……正々堂々(フェアプレー)を誓う握手を伸ばして……来たのでは無かった。ズドムっと鈍音とともに左目に親指を突きたてて来た。
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