ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【3】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

『本日休業します。っていうか、しばらく休むかもしれません。てへぺろ。小鳥遊悠』
そんな人の神経を逆なでするような文字の書かれた紙が張られた茶屋の前で何人かの数少ない常連客が散るのを確認して、建物の影に潜んでいた男がゆっくりと茶屋に近づいた。張り紙を無視して閉じられた木戸を開けたのは右京山寅だった。

「邪魔するぞ」

「おーすっ。早かったな。」

軽い調子でこの店の主である悠は返事をした。肘を突いて横になっていて、空いている手を内に叩く様に振る。戸を閉めろとジェッチャーしているのを理解した寅は足で戸を乱暴に閉めた。悠は視線を寅の足へ落としいった。

「それって……米軍NAM戦のジャングルブーツ/パナマソール?」

「知らん。貰いものだ。」

「マジで?それ、一万二千円くらいするものだぞ。」

寅は興味なさそうに、かかとを何度か地面にぶつけていった。

「とりあえず履き心地がいいのと、蹴りの威力は格段に上がる。」

「そんなもん履いて蹴られたらシャレになんねぇよ。」

寅は何もいわず口の端をつり上げた。どうにも前回ボコられた件が後を引いているらしい。文字道理「殺る気」満々なのだ。悠はため息を吐く。頼むから殺しとかはしないでくれよと目で訴えた。理解したのかしていないのか寅は何も答えなかった。代わりに別の問いかけをした。

「お前、よく逃げなかったな。めんどくさいとか何とかいって無視することだってできただろう」

「あのなぁ、お前は違うけど、風雷コンビはここの生徒だ。この約束すっぽかしたっていつでもおれを狙えるんだ。だったら、ここでキッチリと決着付けとくしかないだろ。」

悠はごろりと寝がえりをうって、背を向ける。
その背に寅はきっぱりと悠の返答を一蹴した。

「嘘つけよ」

「あー?」

「ここの生徒ってことなら、それこそ光姫や逢岡、なんなら左近にでも訴え続ければいいだけの話しだ。もう奴らは雇い主とやらと関係を切ってる訳だし、それに俺でも思いつくような事をお前が分からない訳無いだろ。お前は自分の意思でこの喧嘩に乗った。そうじゃないのか?」

寅から見て悠の背中はピクリとも動かなかった。返事も無い。寝たんじゃないのかと、そっと顔を覗きこもうとした瞬間、足を絡められ、寅はバランスを崩して前倒れになる。胸ぐらを掴まれ、とんでもない力で横に振り投げられた。布団でもひっくり返すような早技に目をまわしそうになった寅が見たのは馬乗りになった悠。左顔面を覆っていた包帯は取れている。だが、頬には酷い傷跡が刻まれ目も閉じていた。
寅は唸るようにいった。

「なんの真似だコラ。その傷開いてほしいのか、コラっ!」

「恐ろしいこというなよ。よく聞いてくれ。ボクシングは立ってやるもんだろ?こうやって寝技に持ち込まれたり、馬乗りされたらお前のパンチもキックも出来なくなる。これだけには注意しとけ。おそらく雷も風もサブミッション(関節技)はある。それに……」

悠は右手を拳にしてゆっくりと降ろしていく、寅の鼻先でそれを止めていった。

「この状態から反撃は無理だぞ。すくなくとも乗った奴が意図的に居り無い限り。」

寅は喰らいつきそうな目つきでいった。

「だから、なんだ?向こうのコンビネーションに負けないように、こっちも息を合わせて仲良しこよしで力を合わして闘おうなんて言うつもりじゃないだろうな?」

「そんなもんはなっから期待してない。そもそも、付け焼刃のコンビネーションなんか足の引っ張り合いになるだけだ。だいたい、その気があるなら首根っこひっつかんででもコンビネーションの特訓してたっーの。おれが言いたいのは、万が一にも倒されるなって事。わかったか?」

寅は不服そうに頷いた。今までの経験で馬乗りになられたことが無いわけではない。だが、その辺の喧嘩自慢相手なら振り落とすこともできただろう。だが、今回の相手は別……もし、その状況になったら有無を言わさず動きを潰し顔を潰しにかかる。押し倒されることは命取りだ。

「分かってくれたならいい。っか、おれだって人の事はいえないんだけどな。この左目殆ど見えてないし、左顔面への攻撃にめっちゃ恐怖心が居座ってる。」

「お前の方が問題大有りじゃねぇか……。」

悠は笑っていった。

「だから、なるべく早く助けに来てくれよ。いぢめられちゃうまえにな。」

「馬鹿が、てめぇの事はてめぇでどうにかしろ。てめぇの喧嘩だろ。」
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