ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【3】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

「ふぅふぅ……。すぅー……はぁ…。」

肩で息をするほど肉体はピークになっていた。コイツらの相手と龍剄気孔の連続使用。もう、本日の営業ノルマは達成してるだろうと思う。
疲労困憊ながらに、ふと、空を見上げるといつのまにか月は叢雲に隠れていた。

ふっと気が抜けた拍子に左手から発する痛みに気がついた。今までは皮膚が裂けたり摩擦火傷程度で済んでいたが、今回は親指の付け根から手首にかけての肉が欠損している。どうやら、今さっきの一撃は打ち合わせた位置が悪かったらしい。尻のポケットから寅から渡されたテーピングを抜いてグルグル巻きにした。応急処置程度にはなるだろう。
何十に重ねても白いテープはすぐに真っ赤に染まる。もう暫く破裂風は使えない。

おれはいった。

「いつまで寝たふりこくつもりだよ。それとも、もう終わりでいいのか?」

壁にうなだれる風太郎。地面に突っ伏している雷太郎。数コンマ開けて、奴らは笑いだした。

「は、はは……はははは」

「ふ、ふふ……ふふふふ」

「「は(ふ)は(ふ)は(ふ)は(ふ)は(ふ)」」

神経を逆なでするシャウトを奏でながらゾンビのように立ち上がる。ただ、ゾンビというには元気が良すぎるけどな。
奴らは口の端から垂れる血や着いた砂埃をぬぐい払うとノーダメージな状態に見える。
嘘でももう少し痛そうな顔とか、疲れたような表情を見せて欲しい。っか、最近の奴らはどいつもこいつもタフすぎるのだ。普通ならやられかけて、逆転の一手、そして勝利がセオリーだろ。寅にしてもコイツらにしてもネバーギブアップ精神が高すぎる。

風太郎がいった。

「雷、もういいよね。やるよ。やっていいよね?」

「風、そんなにコイツが気にいったのか?」

「だって、この前は雷がひとり占めしたじゃない。今日は俺にやらせてよ。それに……雷の身体が心配だ。だから……俺がやる」

空気というか気配が変わった。雷太郎は肩をすくめて一歩後ろに下がる。
コンビネーションを止めて一対一でやるつもりなのか。

「さっきはよくも髪でしばいてくれたね。」

「その前にさんざん攻撃してきて一本背負いまで仕掛けて来ただろうが……棚上げすんな。」

「まぁ、そんなことはどうもいいんだよ。」

にっこりと笑ってどうでもいいと切り捨てた。
なんだコイツ……。

「雷太郎を投げてくれたよね。その罪……覚悟しもらおうか」

待て待て、無茶苦茶なこと言い出したぞ。
ふざけるなとキレたかったが、奴の方がキレている様子だった。今さっきまでとはまるで別な速度の手刀が伸びてくる。首を横に振るだけが限界だった。それでも避けきれなかった指先が直撃した。
バボリっと貌の中に歪な音が鳴る。

「がっぁがあぁああああああ!??」

悲鳴にならない悲鳴。言葉にならない言葉を吐きだしているのはおれだ。
逝った。いつもの冗談や悪乗りでの逝ったではない。左眼窩底(さがんかてい)が骨折した。左の景色が紅く染まる。骨折だけでなく、目玉の毛細血管が切れたらしく出血したようだ。血涙が流れ出てるのが解る。

このまま倒れたらヤバい、後ずさりかけた右足を前へと進ませた。そんなおれの頑張りと勇気を完全無視して、今度は右目を潰そうと凶拳が近づいていた。無我夢中で右掌打でそれを弾く。しかし、次の瞬間、左わき腹に打痛が走った。

「ぐうっ?!」

「遅い、遅いよ!」

平手に似た独特の打撃で連続攻撃を繰り出してくる風太郎。すでに骨を砕かれた恐怖からおれは受けるでは無く、回避を重点にした。触れるのは危ないと脳が意識してしまっているのだ。
小刻みに左右に動き回るおれの視界にチラチラと入る雷太郎は高みの見物と腕を組んでいるのが腹が立つ。

「どうしたの?避けてばっかりだと何も変わらなよっ!」

「くっ、お前こそ、バテちまうぞ!」

「心配はないっ!!」

縦に大ぶりの振りおろしを後ろに飛んで避ける。一呼吸あけて風太郎がいった。

「既に「命を捨てた」」

そのひと言(キーワード)に脳が硬直する。こいつ……鬼状態を使ってる。その一瞬が命取りだった。もちろん、闘いの最中に油断したおれが悪いのだが……。
踏みこんでくる風太郎は平手を振った。風を感じ、ベヂリッと音を立てて抜けていく手の中に赤い塊りが付いていく。おれの頬肉だ。左頬を完全に持っていかれた……。

「はは…いい色だ。それじゃ、止めだ」

尋常じゃ無い痛みと出血に失った頬を押えて蹲るおれ。やつはなにか言っているようだが耳には入らなかった。両手を組んで頭めがけ振り下ろされる凶撃が得物を潰そうとしたとき、おれの身体はとてつもない力で引っ張られた。
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