ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【3】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

帰ったフリをして茶屋の自室側に身を潜めていた。なにかをしてるわけじゃなく敷きっぱなしの布団に大の字になって寝転がって、目を閉じ、ただ、ただ、鋭気を養っていた。

一昔前の壁掛け時計の長針が三周もした頃だろうか窓の外からは日の光も消えて、ひとの声も静まっている。夜が帳をおろしたのを確認して、おれは身体を起こした。垂れ下がる柳の葉のような前髪を両手で思い切りひっつめて髪を結えながらおれは考えた。

寅がいっていた「鬼状態」、アレは百目鬼家の技術。しかも、「命」を代価に身体の限界を無くす決して容易な物ではない事をおれ自身がよく知っている。本当なら雲水のおっさんに相談してから行動する方がいいのかもしれなが……なにぶん急なことだったので仕方がない。

おれは今から寅が襲われた場所に行くつもりだ
。もちろん、行ったところで今日のすぐに襲撃される可能性は低い。けど、このまま何もしないでいる訳にもいかない気がしたのだった。
アイツが襲われた事とかに責任とかがあるとは一切思わないが……一応、ひととしてソレらしく動いとかないといけないだろう。
さっさとひと通り見回りして、三日月ででも一杯ひっかけて帰ろうなんて気楽に面持ちで木戸を開けた。

「お、出て来た。」

「あ、本当だ。」

「いきなりで目のまえかよ…。」

店から出ても居ないのに、二人組が道のど真ん中で腕組をして立っていた。
今日は雲が少ない月の光と街頭で明るい夜だ。奴らの出で立ちもよく見える。
右側に居るのは燃え盛っている炎の様な髪型で、真っ黒のズボンに右が青、左が緑と二色に分かれたシャツ。左の奴はペタリっとしたセミロングで同じ真っ黒なズボンで右が青、左が緑と逆シンメトリーなシャツ。顔つきは似ていないところから兄弟ではないと思う。ただ、身長や体格はそっくりだった。腕を組んで並んでいるからより一層双子か何かに見えてしまう。
警戒気味に二人を観察してると、視線に気がついたのか奴らはいった。

「まぁまぁ」

「靴はきなよ」

「こっちに出てきて」

「話そうじゃないか」

友好的に誘いを貰ってしまった。まぁ、今のを解りやすく直訳すると「ちょっと用事があるから面かせやコラ」っていう事なんだけどな。
おれは履き潰し寸前のシューズに足をいれて、外へと踏み出した。二人の前に立つ。よくよく見れば二人ともいい男だ。
フレンドリーに誘われて出て来たので、こっちもにこやかに質問してみた。

「ども。アンタらが風と雷か?」

右の燃え頭がいった。

「へぇ、そこまで知られてたか。俺が雷、雷太郎(らいたろう)」

ほぼ同時に左の奴も答える。

「俺が風太郎(ふうたろう)」

なんだか、昔話の主役みたいな名前だった。

「あ……やっぱり兄弟なのか?」

雷太郎と風太郎が交互にいった。

「いや、俺たちは赤の他人だ。」

「でも、今は兄弟以上の関係だ。」

あまり、深く関わらないほうがいいみたいだ。おれは本題に入ることにした。

「それで、寅を襲ったのもアンタ達なんだよな?」

二人は顔を見合わせて小首をかしげた。とぼけているというか、何のことかわかっていない様子。

「編み込みの髪型でボクシングスタイルのガラの悪い男」

「「ああ!アイツか!!」」

声を揃えて手を打ちあう。その動作が鏡映しのようにシンクロしていた。

「なかなか、強かったよ。」

「うんうん、いいの顔にもらったし」

襲撃犯確定。まぁ、間違えようもないんだが、おれは最後の質問をした。

「アイツを襲ったこととかはいいんだがね。おれも襲う気なんだよな?」

「当」
「然」

「そうかぁ……。なら、仕方ないな。なら、抵抗させてもらうぞ」

おれは両手をポケットにツッコンで、仕込んでいたモノをまん前に向けて放り投げた。
空を舞うのは小麦粉の入った小袋だ。風雷コンビは、何を投げたのかと、目でそれを確認している。その数秒で良かった。おれは腰を切り、足先から込みあがってくる剄を右手に送り込み、半回転しながら空気を叩いた。

龍剄気孔・弾針剄。
その鋭く研ぎ澄まされた針剄が小袋を貫くと同時、中の小麦粉が霧散した。煙幕のように辺りは真っ白い靄に包まれる。
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